統計学は未来を予測するためにあるのではない?

西内 振り返ってみると私は、統計学を使って予測をしようと思ったことは一度もないんですよね。どちらかというと、「制御」や「洞察」というところに興味がある。医学を例にとると、この人が何年後に亡くなるかということを予測するのではなく、何をしたら今の状態が良くなるか、何をしたら健康になりやすいかという原因を調べるために、統計学を使っているんです。正確な寿命が予測できなくても、原因をコントロールすることができれば、皆の役に立つのではないかと。

公文 なるほど。

西内 私はもともと、生物科学を学び、大学3年から医学部に転部して公衆衛生の分野で統計学を学びました。だから、経済学で統計を学んだ人とは、スタートの発想が違うのだと思います。『シグナル&ノイズ』の解説を書くときも、シルバーといろんなところで意見が食い違っていることに気づき、それはなぜなんだろうと考えたんですよね。最終的には、哲学の違いだということで納得しました。

公文私は経済学を学んで、最初に統計学を勉強したのも計量経済学(※)だったから、予測側に立ちやすい思考をしているのかもしれません。
※ 経済学の理論に基づいて経済モデルを作成し、統計学の方法によって経済モデルの妥当性に関する実証分析をおこなう学問

西内 その違いはありそうですね。最初期の計量経済学の研究には、太陽の黒点の動きと景気循環が関連しているという内容のものがあるんですよ。当時の人はニュートン力学の発展によって、リンゴの落下から惑星の動きに至るまで世界のすべてがシンプルな数式で完全に予測できるという考えに魅せられていたんでしょうね。それが黒点と景気の関連がないかという発想につながった。何らかの仮定に基づいた論理的推論により結論を導く、いわば「演繹法」で考えることから、計量経済学は始まったんです。

公文 統計学は基本的に、データを集めて一般的な法則を導く「帰納法」で考えられていますよね。つまり、計量経済学が例外だと。

西内 はい。そこから計量経済学の研究は、マクロ指標や株価、為替がどう動くかということを説明する方向に発展しました。すごく難しいことに挑戦しているがゆえに、数学的にテクニカルな分析方法が進んだ分野でもあります。そこで発見された手法を医学研究の中に取り入れたら、問題が簡単に解けることもあるので、それはそれで必要な進化だったのではないでしょうか。

公文 西内さんが経済の予測をしたら、もっとうまくできると思うことはありますか?

西内いやあ、マクロ指標の予想は、難しすぎてできないと思っています。自分がいま扱っている問題は、企業組織にしても人体にしても、社会全体よりはだいぶわかりやすいものが対象です。そういうアドバンテージをもらって研究しているということを、忘れず謙虚にいたいと思っています(笑)。


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