もちろんその時代も、対抗する他の国の選手はいた。スウェーデンのビョルン・ボルグ、マッツ・ビランデル、ステファン・エドベリ、チェコスロバキアのイワン・レンドル、ドイツのボリス・ベッカーなどである。また、時代をさかのぼれば、ジョン・ニューカム、ケン・ローズウォール、ロイ・エマーソンといったオーストラリア勢も強さを見せていた。だが、どの時代も途切れることなく強くて個性的な選手を輩出してきたのは、アメリカだった。

 4大大会の男子シングルスの国別優勝者数を見ても、それはわかる。第二次世界大戦前は4大大会もウインブルドン選手権ならイギリス人、全仏オープンならフランス人と自国の選手が勝つことが多く、世界のトップ選手が覇を競う大会とはいえなかったので、戦後の大会成績をチェックしてみよう。

 ウインブルドン選手権は戦後の1945年から現在まで68回の大会が行われているが、そのうち24回をアメリカ人選手が制している。全米オープンももちろんアメリカ人が強く、優勝は29回。全豪オープンの優勝は開催国のオーストラリアが優勝27回でトップだが、アメリカも17回の優勝がある。クレーコートの全仏オープンの優勝回数1位はスペインの16回、2位は優勝10回のオーストラリアとスウェーデンで、アメリカはそれに次ぐ優勝9回。国別では4位に甘んじている。

 だが、戦後の4大大会をトータルすると優勝回数が最も多いのはアメリカで79回。2位はオーストラリアの70回で、以下スウェーデンが26回、スペインが24回と続く。アメリカの選手は球速が出るグラスコート(ウインブルドン)やハードコート(全米・全豪)は得意で、球速が出ずストローク合戦になるクレーコート(全仏)は苦手という傾向はあるものの、どの大会でもコンスタントに強さを見せてきた。

 ところが最近はアメリカから優勝争いに加わる選手が現れない。4大大会の優勝からも、2003年の全豪を制したアガシと全米を制したロディック以来、10年間遠ざかっている。

 また、最新のATP(男子プロテニス協会)ランキングを見ても、トップ10にはジョン・イスナー(10位)が入っているだけだ。トップ100に入っている人数を見ても、1位はスペインの14人、2位はフランスの12人、3位は6人のドイツで、アメリカはアルゼンチンとロシアと並んで5人に過ぎない。