東京都新宿区の都営戸山団地。当初は木造家屋だったが、1965年ごろから現在の中高層団地へと建て替えが進められた。現在は住民の高齢化が問題となっている
Photo by Y.M.

 それまで木造住宅だった戸山団地が鉄筋コンクリートの「団地」となったのは、昭和40年代のことであった。その後1990年代から建て替えは行われているものの、老朽化の目立つ建物が多い。それぞれの建物に近寄ってみると、割られた窓がテープで補修されただけであったり、配管が何らかの力を加えられて凹んでいたりする。ちなみに現在の戸山団地は、住民の高齢化が問題となっている。「住民の半数が65歳以上」と報じられたのは2008年のことであった。

「Grant Houses」はどうだろうか? 住民の年齢構成は分からない。しかし目の前の道路には、5台ほどのパトカーが駐車している。歩道にも、警官が数名立っており、周辺を警戒している。ここは、犯罪の多発地帯なのだ。

 周囲には、住民は誰もいない。筆者は警官に挨拶し、恐る恐る、風景写真を数枚撮影した。

 大規模公営住宅を供給するという政策は、低所得であることに加え、民族・人種に類似の背景のある人々が特定の地域に集中して居住するという結果をもたらした。それは、貧困や民族差別・人種差別に由来することがらが増幅された形で表面化してしまうということだ。その現れの1つが、犯罪の多発である。

「テネメント」から大規模公営住宅へ
米国の低所得層向け住宅政策

 もともと移民の国であり、移民を積極的に受け入れてきた米国では、長年の間、貧困状態に陥りやすい移民たちの劣悪な居住環境が社会問題であった。19世紀には、1世帯が居住するために建造された家屋に、多数の世帯が居住するために無理な改装を加えた「テネメント」が、貧困状態にある移民たちの標準的な住まいであった。これらのテネメントはしばしば、通気や採光が考慮されておらず、伝染病が蔓延する原因ともなっていた。1人あたりのスペースは、3~5平方メートルであったと見られている。

 また、そこに居住する人々は、テネメント内でタバコ巻き・縫製などの単純長時間労働に従事させられることもあった。移民として米国に渡った人々が辛うじて見つけることのできた、居住と就労の場であった。

 極端に劣悪な居住環境が存在し、搾取的労働の場ともなっていることは、米国内でも問題とされた。1867年、「テネメント法」が制定され、法規制が開始された。これが米国で初めての建築規制である。その後、テネメント法は改正を重ねて法規制としての効力を増していった。特に1901年の法改正では、改正以前の建造物に対しても建て替えを求める強制力が含められた。

 この他、さまざまな方法により、低所得層が住むことのできる住宅を供給する試みがなされている。たとえば1920年には、インフレ時に貸主に対して便乗値上げを禁ずる「家賃調整法」が、ニューヨーク州法として成立している。しかし1929年の世界大恐慌により、貧困層向け住宅にも入居することができない人々が激増した。ここから、ニューヨーク市の大規模公営住宅建造・供給が開始された。

 この後1937年には、連邦法として「住宅法」が成立。1954年の住宅法改正により、スラムの撤去は、スラムの住民の居住先を確保することと並行して行われることとなった。スラムの住民の多くは、大規模公営住宅へと移住することになった。スラムの住民にとっては、スラムほど劣悪ではない住宅に住むことが可能であるというメリットはあったものの、大規模公営住宅へと囲い込まれたも同然であった。