アドラー心理学の目標とは?

神保 続けて「アドラー心理学の目標」について教えて下さい。『嫌われる勇気』によれば、まず行動面での目標は「自立すること」「社会と調和して暮らせること」だそうですが、こちらについてはフロイトに代表されるような他の心理学と違いはあるんでしょうか?

岸見 そこについては特に違いはありませんね。

神保 では、次に心理面での目標は「私には能力がある、という意識」「人々は私の仲間である、という意識」を持つことだそうですが、これはいかがでしょう?

岸見 まず「私には能力がある、という意識」ですが、アドラー心理学では、自分が直面する「人生のタスク」というものを考えます。仕事のタスク、交友のタスク、愛のタスクという、避けては通れない課題(タスク)があると考えるのです。そのタスクに立ち向かっていく能力がないと思い込んでいる人に対して、いやそうではない、あなたはタスクを前にして逃げる必要はないし、勇敢に立ち向かっていけるはずだと、それを知ってほしいということです。
 もう一方の「人々は私の仲間である、という意識」ですが、世の中には周りの人は私の敵だと考えている人が多くいます。うかうかしていると私を陥れかねない怖い人ばかりだと。しかしそうではなく、周りの人は私が求めれば援助をしてくれる、味方をしてくれる仲間なのだ、と思って欲しいのです。なぜなら、そうでないと他の人の役に立とうとする人になれないからです。誰も敵の役に立とうとは思わないでしょう。他の人の役に立てているという貢献感はアドラー心理学において極めて重要なのです。

宮台 初期ギリシアの思考は[自立/依存]の二項対立です。200年経った紀元前3世紀のストア派になると、マケドニア帝国の支配下で都市国家が単なる都市へと頽落したのを背景に、自立よりも自律、つまりセルフガバナンスやセルフオートノミー、つまり自己決定へと理念が縮退しますが、それとは別物。
 自立は、セルフガバナンスでなくインディペンデンス。ディペンド(依存)しないこと。初期ギリシアでは、超越の神に依存するのも、普遍の真理に依存するのも、よくないと考えました。なぜなら、アレをすれば罰ないし損を被るが、コレをすれば賞ないし得が得られる、と損得勘定を駆動させるからです。
 そうではなく、自分の内側から理由なく湧く力(ヴィルトゥ)こそが大切だと見做されました。これはアドラーの「私には能力があるという意識」に関係し、現在ならば「自己効力感」と呼ぶところですが、いずれにせよ、損得勘定の自発性よりも、内から湧く力である内発性が大切だと見做されました。
 繰り返すと、それが真理だからとか、神が命じたからとかいう理由で、漸くやる気が起こるのは、真理への依存・神への依存です。真理や神に反すればネガティブな報いを受ける。つまり呪いを受ける。呪いから逃れるために何かをする。そんな動機は、初期ギリシアの考え方に従えば、名誉に反します。
 知識社会学的には、損得勘定に依存した行動原則では、常時ポリス間戦争がある状況でポリスが生き残れないから、損得勘定の自発性を超えた理不尽な力である内発性が愛でられました。とりわけ重装歩兵らのファランクス(集団密集戦)では内発性が決め手。岸見先生のお話はそんな古い智恵と響き合います。

岸見 アドラーによれば、人が自立するためには2つのポイントがあります。一つは「叱らない」ということです。叱られて育つ子どもは自立しません。何かをする・しないというときに自分で決められず、親や大人に叱られるからやる・やらないということでは自立しているとは言えません。これが一つです。
 もう一つは、「甘やかさない」ということ。甘やかされた子どもは自立しません。これはアドラーが何度も繰り返し問題にしている点です。今日では愛情不足の子どもなどあまりいません。親側から言えば愛情過多、子ども側から言えば愛情飢餓の状態です。愛されているのにもっともっと愛して欲しい、と。これは穴の空いた花瓶に水を注ぐようなもので徒労です。私は、井上陽水の「感謝知らずの女」という曲をよく引き合いに出すのですが、彼女にダイヤの指輪を贈ったところもっと大きいのが欲しいと言われた、という歌詞です。今そういうタイプの人が非常に多い。甘やかされた子どもは自立できず、当然自分で考えられない、そういう問題をアドラーは具体的に述べています。

(次回に続く)
※この鼎談の全編は、インターネット放送番組「マル激トーク・オン・ディマンド」にてご覧いただけます。


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