社会学者の宮台真司氏とジャーナリスト神保哲生氏が司会を務めるインターネット放送番組「マル激トーク・オン・ディマンド」に、『嫌われる勇気』の著者・岸見一郎氏がゲスト出演した。いまなぜ、日本でアドラー心理学がこれほどまで注目されているのか、その原因をさまざまな角度から徹底的に議論した放送内容を、特別ダイジェスト版として2回に分けてお送りする。前編ではアドラー心理学とは何か、そしてなぜ日本ではこれまで無名だったのかを深く掘り下げる。

ソーシャルメディアの台頭と
嫌われたくない若者の増加

神保 本日はアドラー心理学の日本の第一人者であり、いま『嫌われる勇気』という本が27万部のベストセラーになっている哲学者の岸見一郎さんをゲストに招いています。まず宮台さん、この本がこれだけ売れているのはソーシャルメディアとも関係あるのではということなのですが、それはなぜでしょうか?

宮台真司(みやだい・しんじ)
首都大学東京教授/社会学者。1959年仙台生まれ。東京大学大学院博士課程修了。東京都立大学助教授、首都大学東京准教授を経て現職。専門は社会システム論。博士論文は『権力の予期理論』。権力論、国家論、宗教論、性愛論、犯罪論、教育論、外交論、文化論などの分野で著書多数。主な著作に『制服少女たちの選択』『終わりなき日常を生きろ』『私たちはどこから来て、どこへ行くのか』『14歳からの社会学』『日本の難点』『「絶望の時代」の希望の恋愛学』などがある。宮台真司オフィシャルブログ

宮台 ソーシャルメディアについては、僕が「脳内ダダ漏れ現象」と申し上げているように、本来なら人に見せないような心の内を、無防備なまま書くという傾向が一般に強く、それで人間関係が壊れることも頻繁にあります。
 そうしたものがある一方、最近「既読プレッシャー」と呼ばれますが、「相手方に既読マークが見えているのに返事を書かないのはまずい」「すぐに返事を書かなきゃ」といったオブセッション(強迫)があります。
 LINEの利用率が半数近くになる昨今、もともと日本人のコミュニケーションにありがちな過剰同調が、ソーシャルメディアの存在ゆえに増幅されています。そうした状況でどんな波及的な事態が起こるかが大きな問題なんです。
「KY(空気が読めない)」という言葉に象徴されることですが、KYだと思われないように絶えず意識しながらポジションを取ることが、以前にも増して重要になっているんです。そのご褒美が、Facebookなら「いいね」。
 要は、KYだと思われることなく、承認してもらいたい、というわけです。実際はそんなもの承認でも何でもないけれど、昨今の若い人たちはいったい何を勘違いしているのかという問題があります。
 ソーシャルメディアの普及を背景に、KYフォビア(恐怖症)や承認オブセッション(強迫)が異様に高まり、不自由が蔓延しているのが昨今です。そのことへの気づきがようやく拡がって、この本が売れるようになったんでしょう。

神保 「SNS疲れ」なる言葉もあるそうだし、今の時期は「5月病」的なものも出るシーズンでもあるということで、それらも想定して今日のゲストをお招きしたわけですが。

宮台 この2年間、僕は性愛系のワークショップをしています。彼女・彼氏のステディがいる割合が今世紀に入る頃からどんどん下がっているからです。こうした傾向が目立つようになってから、すでに15年ほど経ちます。
 いろんなリサーチが示すところによれば、昨今の20歳代独身男性は7割が「将来結婚できない」「将来結婚したくない」と答えます。独身女性もこの傾向を追いかけています。対人関係が構造的に変動しているんです。
 特に女子の場合、この5年ほど、つまり2010年代に入って顕著になったのは、「ビッチ」というキーワードです。友だち関係よりも性愛関係を重視する女性を、同性間でビッチ呼ばわりし、それが性愛からの退却を増幅しています。

神保 ビッチって言葉が日本でも普通に出回っているんだ。

宮台 そう。昔は恋人ができれば同性の友だちとは疎遠になるのが普通で、そのことに友だちも寛容でしたが、今世紀に入る頃から違ってきました。友だち間のポジションを失いたくないし、この5年ほどはビッチ呼ばわりを恐れます。
 かくして性愛から退却気味になるだけじゃありません。同性の友だちから、「いいね」と言ってもらえない相手(男)を彼氏に選べないんです。自分としてどう思うのか、という感情の発露が閉ざされた状態です。
 そういうことも岸見先生との話ではテーマにしたいですね。