「引きこもり」と呼ばれている圧倒的多くの中核層は、声を上げる余力がなく、姿を見せない人たちだ。
こうして引きこもっている人たちの状況は様々だが、その背景を丁寧に探っていくと、過去のトラウマ(心的外傷)を抱えたまま、心を閉ざし続けているようなケースが少なくない。トラウマには、PTSDのほか、解離症状、抑うつ症状などもある。
一般的に、私たちが接することができる当事者というのは、体調が少し回復して、こもる状態から社会に向かって動き始めたり、声を上げたりできる段階の人たちだ。
多くのトラウマは、見えなくなり、語られなくなって、埋もれていく。時間の経過とともに、トラウマの影響は複雑化し、因果関係がわかりにくくなっていくからだ。
精神科医師で、一橋大学大学院社会学研究科の宮地尚子教授(医療人類学)は、最近出した著書『トラウマ』(岩波新書)の中で、このような「埋もれていくトラウマ」と支援者の関係性について、「環状島」という独自に生み出したモデルでわかりやすく紹介している。
ドーナツ型の島「環状島」の
“沈黙の海”に沈むトラウマを抱えた人々
同書によると、環状島とは、真ん中に沈黙の<内海>がある、ドーナツ型の島のことだ。
トラウマを巡る語りや表象は、中空構造をしている。トラウマが重ければ、それは沈黙の海に消えていきやすい。
内海では自殺などで死に至ることもあるし、生き延びたとしても、2次障害で精神疾患などを患って語れなくなることもある。
また、環状島の内斜面には、生き延びた被害者のうち、声を上げたり姿を見せたりできる人がいる。
一方、外斜面にいる支援者は、尾根を越えて内斜面に入っても、沈黙の内海には飛び込めない。現場に入っていかざるを得ない支援者もいるが、惨状を目にして自分が被災することもある。