シュンペーターの母親の再婚相手はSigmund von Kélerという退役した陸軍中将だった。姓名の発音は、ドイツ語読みならばジークムント・フォン・ケラーになる。フォンは貴族の証だ。爵位がないのでユンカーであろうか。結婚したのは1893年のことである。母は32歳、シュンペーターは10歳になっていた。継父のフォン・ケラー退役陸軍中将は65歳である。いよいよ少年シュンペーターはウィーンの貴族子弟のための学校へ通えることになったのである。母親がつかんだ大きなチャンスだ。
シュンペーターの継父
フォン・ケラーの経歴を探ってみる
フォン・ケラーについては、シュンペーターのどの評伝(注1)を読んでも詳しい履歴はわからない。華々しい軍歴は出ている。詳しい資料が軍関係以外に残されていないのであろう。Sigmund von Kélerというスペルを見ると、eにアクサン記号が付いているのでドイツ語が語源ではない。Sigmundはドイツ人の名前にあるので、祖先が東欧からオーストリアにやってきたのかもしれない。
どこから来たのだろう。片っ端から辞典を引いてみた。ドイツ語にアクサンは入れないが、いちおう独和辞典(注2)を引くと、やはりKélerはない。Kellerはある。これはケラーと発音し、「地下室」の意味である。地階レストランには「××ケラー」という店が多い。Kélerの発音もKellerに準じているようだ。
ハプスブルク帝国の言語でアクサンが付くのは、ポーランド語、チェコ語、スロヴァキア語、ハンガリー語の4つだという。ポーランド語にはそもそもKéという語頭すらなかった。チェコ語には、Kéz(もしも・・・・・・でありさすれば)、という意味の言葉があった(注3)。他には見当たらない。ハンガリー語の辞典(注4)を開く。ハンガリー語にはKéという語頭で始まる単語がたくさんあった。ハンガリー語かもしれない。アクサンは音を伸ばす記号なので、ハンガリー語だとすればKélerはケーレルと発音する。
あ、そうだ! ケーレルならばハンガリー人の作曲家の名前にある、と思い出した。CDを持っていたはずだ。(結局、探し出すまで3日かかった!)
CDはこれだった。表題はLong Live the Hungarian! ハンガリー万歳!といった意味か。演奏はヤーノシュ・フェレンチク指揮ハンガリー国立管弦楽団。ハンガリーに関係する作曲家を集めた管弦楽小品集である。録音は1977年と79年。このCDは旧ハンガリー国営レコード会社フンガロトンが2006年に発売したものである。12人の作曲家による作品が収録されているが、10番目にKéler Béla(ケーレル・ベーラ)のUngarische Lustspiel -Ouvertüre(ハンガリー喜劇序曲)が収められている。ハンガリーの姓名表記は東アジアと同様、姓が前にくる。
このCDのライナーノート(英文)によると、作曲家ケーレルは1820年にハンガリー王国バルデヨフ(Bardejov)に生まれ、1882年に独ヘッセンのヴィースバーデンで没している。指揮者としてもヨーロッパ各地で活躍していたのだそうだ。ドイツ語名をアダルベルト・パウル・フォン・ケラー(Adalbert Paul von Keler)という。あれれ、このケラー(ケーレル)もドイツ語では貴族(ユンカーを含む)のvonが入るようだ。横道に逸れるのをお許しいただいて、生地バルデヨフをウェブで訪ねてみる。