優先株式はスタンダードになりつつある

――では次に、優先株式はどの程度ベンチャーに浸透しているのでしょうか?

磯崎 私が関わるところですと、1億円を超えるような高額の投資で使い始めています。周りを見ても、もちろんまだベンチャー業界の全員が自在に優先株式を自在に使いこなしているということではないですが、優先株式で投資をすると言っても「驚かなくはなってきた」という感じですね。優先株式に強い法律事務所に聞いても、「優先株式で投資をするベンチャーキャピタル」は着実に増えてきているようです。

郷治 優先株式は会社法ができた2005年から本格的に使えるようになりましたが、なかなか普及しなかったんです。ウチでは2008年に最初に優先株式を使いましたが、それがスタンダードになったのは、2009年ぐらいからですね。今ではもうほとんど全部が優先株式での投資になりました。
 数百万円とかの出資だと普通株式のこともありますので、設立出資、創業出資のようなものは普通株式です。ただ、企業価値を上げてから入るような投資はほぼ例外なく優先株式ですよ。

磯崎 UTECさんには外国への投資もあるようですが、その影響もあるんでしょうか?

郷治 はい。外国の起業家や共同投資家とっては、やはり優先株式での投資が普通ですから。

――ちなみに、優先株式にあまり馴染みのない起業家の方もまだ多いと思うのですが、どのように受け入れられるのでしょうか?

磯崎 フェムトグロースキャピタルで投資をしているのは、アーリーまたはシードステージのベンチャーばかりなので、ファイナンスは初めてということも多いですから、良くも悪くも「普通株式で投資を受けるのでなければイヤだ」といったこだわりはありません。「こういうものですよ」と実際に契約書、創業者と投資家のケース別の分配割合のチャートなどを見せながら丁寧に説明をしたら、「へーっ」っていう感じで受け入れてくれますね。

郷治 機関投資家のお金を預かったりする場合には、うまくいかない場合のリスクをどうプロテクションするのかということが非常に重要になります。

 もし、普通株でしか投資できないとすると、当然持ち株分の割合しか回収できない。たとえば1億円投資していても持分割合が10%で、会社が潰れたときの企業価値が1億円だったら、1000万円しか戻らないわけですよね。だけど、優先株式であれば、そういう非常事態になったときには優先して返してもらえる。そこが投資家にとっては優先株式を選ぶ一番大きい理由だと思います。

 しかし、優先株式が起業家にとって不利なのかというと、そうではなくて、優先株式ならば会社を高い価値で評価して投資してもらえる。普通株式だったら1億円しか投資できないけれど、優先株だったらそういうダウンサイドのプロテクションがあるので、「1億5000万とか2億円でも投資しますよ」となる。

 でも、そういうことは、やはり『起業のエクイティ・ファイナンス』のような本を読まないとわからない。いきなり初めて投資家と会って、「優先株式はこういう条件ですから」と言われても、不安になると思います。そういう意味では本で知識が広がっていくのは非常にいいと思いますね。

磯崎 そう。投資額を上げられるということが重要ですね。今後、日本でGoogleとかFacebookのように兆円単位の企業価値をもつベンチャーが出てくるためには、逆算していくと、初期の段階でベンチャーに数十億円、100億円単位の価値がつくようにならないといけません。そして、まだ何もないような状態のベンチャーに高い価値をつけるには、優先株式が絶対に必要になります。

――本にも書いていただいていますが、日本にGoogleやFacebookのような企業が出てこないのは、「日本人がリスクを取らない国民だからだ」とか「日本のベンチャーのレベルが低いから」なのでは必ずしもなく、こうした優先株式の性質を知ってそれを活用していないという技術的な理由も大きい、ということですね。

郷治 優先株式があることによって投資が促進されるというのは確かですね。たとえば10年前はシードステージの投資だったら、プレマネーといって投資する前の評価は1億円ぐらいが平均だったのが、最近は数億円とかも珍しくはなくなってきたようです。優先株式の投資スキームができて、リスクのプロテクションができて、お金をより入れやすくなった。その影響が大きいですね。

磯崎 まあ、イケてないベンチャーでも優先株式を使って高い企業価値評価をすればGoogleになれるかというと、そんな魔法のような話はあるわけがありません(笑)。そうではないけれど、イケてるベンチャーが出てきたときにそういう投資ができないと、せっかく巨大企業になるかもしれなかったベンチャーが成長できないわけです。そして、「日本のベンチャーでも、巨大な資金を調達してデカいことができる」ということになれば、今までは「大企業や役所に入らないと一生を賭けるに値することができない」と思っていた人たちもベンチャーを始めることを検討するようになる、というところが重要だと思うわけです。