LPS法の生みの親が
ベンチャーの現場に飛び込んだわけ
――そうした現在のベンチャーの盛り上がりを裏で支える仕組みとして、「LPS法による投資事業有限責任組合」「優先株式」「投資契約」の3つがあるのではないか、というのが『起業のエクイティ・ファイナンス』の編集を担当しての気づきなのですが、郷治さんはLPS法の制定に深く関わられたそうですね。
郷治 はい。もともと私は通産省(現・経産省)にいまして、そのときにLPS法※3をつくる仕事を担当しました。
1998年に法律をつくったのはいいんですが、その法律を使ってできたファンドはほぼ、ミドルステージ、レーターステージの、すでに人も集まって事業もできている会社への投資をしていたんですね。利用者も、ほぼ、株式会社型の大手のベンチャーキャピタルでした。それはそれでいいけれど、ちょっと、法律を書いた時の思いと違うな、と。
やはり、技術的にはもっとシードから、人の面では本当に個人の思いのレベルから、新しいビジネスを立ち上げるところにお金を流したいのに、と思っていました。特に2000年代のITバブルのときは、せっかくああいう法律をつくったのに、全然、伸びてほしいシードのところにお金が流れてないじゃないか、という問題意識がありました。
その流れのなかで2004年に国立大学の法人化が行われることになって、産学連携を進めるに当たって「やっぱりベンチャーに供給するお金がないと無理だよね」ということで、大学発ベンチャーに投資するベンチャーキャピタルをつくろうという機運が出てきた。そのためにはLPS法を使ってファンドをつくる必要があった。自分としては、法律を書いたときの思いで、新しいベンチャーキャピタルを立ち上げようと思ったわけです。
※3 正式名称は「投資事業有限責任組合契約に関する法律」(平成10年法律第90号)。投資事業に共同で参加する組合員が負う責任を出資額にとどめること(有限責任)を法的に担保するとともに、情報開示の仕組みを整備することで、投資先企業への円滑な資金供給を促進することを目的として制定された。LPSは「Limited Partnership」の略。なお、制定当初は、「中小企業等投資事業有限責任組合契約に関する法律」という名称であり、ベンチャー企業・中小企業への資金供給の促進を特に主眼としていた。
磯崎 なるほど。もともと、その法律をまとめるちょっと前に、ジャフコさんに出向されていましたよね。
郷治 はい。そのときのつながりで、ジャフコから独立したベンチャーキャピタリストの村口和孝さん(日本テクノロジーベンチャーパートナーズ〈NTVP〉代表)に提案をして、第1号のLPS(投資事業有限責任組合)のファンドをつくっていただきました。1998年の11月2日の話です。登記すればOKで、役所の許認可はいらないというのがLPSの重要なポイントです。法律の施行日翌日の月曜日にすぐ登記してもらいました。
そういう経緯もあるので、LPS法には非常に思い入れがあります。
磯崎 すばらしい。ちょっとテクニカルな話になりますが、それまでのファンドには民法上の組合を使っていましたよね。
郷治 そうです。でも、LPSでは登記すると公示されるので、公に存在を示せるわけです。さらに、LPSではGP以外の組合員はLP(Limited Partner、有限責任組合員)といって有限責任だけれど、民法組合の場合には無限責任になってしまいます。しかも、情報開示の仕組みがLPSにはちゃんとある。そういう意味でも、より安心な仕組みだなと。
磯崎 情報開示というのは?
郷治 会計監査の義務とかですね。よけいな規制とか行政庁の判断ではなくて、組合員になった投資家がきちんと勉強して、自分でGPを選び、評価することが大事だという発想がそもそもありましたね。
――当初、法律の意図・思いのとおりにLPSが普及しなかったのはなぜでしょうか?
郷治 まだ独立系のベンチャーキャピタリストがほとんどいなかったということですね。今では、まだ少ないかもしれないけど、当時に比べればやろうという人が出てきているし、特に、20代、30代の若い人たちに広がりつつあります。
磯崎 この本のなかでLPSの話を書いたのも、そういう人がもっと出てきてほしいなという思いからです。長年ベンチャーをサポートしてきましたが、お金のないベンチャーと報酬ベースでお付き合いするのはなかなかむずかしくて。こちらからお金を出してサポートもするというのが、一番素直な接し方なのかな、と。
ベンチャーを育てる人にはぜひファンドをつくってもらって、それで、お金もノウハウも供給するようになってほしいですね。