一方的に決められた規制案

――どうして今回のような、極端な規制案が出てきたのでしょうか?

磯崎哲也(いそざき・てつや)1984年早稲田大学政治経済学部卒業。長銀総合研究所で、経営戦略・新規事業・システム等の経営コンサルタント、インターネット産業のアナリストとして勤務した後、1998年ベンチャービジネスの世界に入り、カブドットコム証券株式会社社外取締役、株式会社ミクシィ社外監査役、中央大学法科大学院兼任講師等を歴任。公認会計士、税理士、システム監査技術者。現在、Femto Growth Capital LLP ゼネラルパートナー。 著書に『起業のファイナンス』(日本実業出版社)、『起業のエクイティ・ファイナンス』(ダイヤモンド社)があるほか、ビジネスやファイナンスを中心とする人気ブログ及びメルマガ「isologue」を執筆。

磯崎 「適格機関投資家等特例業務」の制度を悪用して、未公開株詐欺などを行う悪徳業者がいたからですね。

郷治 騙された人が頼るのは弁護士や消費者団体です。弁護士団体や消費者団体が金融庁に何度も働きかけて、そのために今回のような規制案がまとめられたわけです。たしかに、悪徳業者に騙される人がいるというのは大問題ですので、対処する必要があります。
 一方、僕らがこの件に関して具体的に議論ができるようになったのは、金融庁が今年5月14日に案を出してからです。今回の規制案に関するパブリックコメントの最終日(6月12日)に、ようやく「独立系ベンチャーキャピタリスト等有志」として意見をまとめて金融庁に提出しました。けれど、弁護士会や消費者団体は、ずいぶん前から何度も金融庁に行って、意見を出している。
 国民に憲法上保障された経済活動の自由を制限するようなことをやろうとするんだったら、もっと慎重に、丁寧にやるべきです。悪徳業者の被害にあった人が相談した消費者団体の意見を聞くのは当然ですけれども、政府はそういう人たちとの話し合いだけで規制案をまとめるのではなくて、独立系ベンチャーキャピタリストの運営するファンドに出資してきた個人や、これからの日本経済全体のパイを広くしようとしている人間も入れたうえで、じっくりと規制のありかたを議論しないと、日本経済が縮んでしまう。その配慮がまったくなくて、パブコメが公表されたら原則禁止ですから。

磯崎 もう1つ大きな問題としては、悪徳業者に騙された人がどんな人なのか、どういう規制をすると、どういう効果や悪影響があるのかといったことが、科学的に分析され議論された形跡がまったくないことですね。

郷治 そうですね。被害にあった方々を客観的に詳細に分析したら、たとえば、70代以上の年金生活者とか、そういう人物像のデータが浮かび上がってくると思うんですよ。あ、そういった方々で「自分は出資を禁止されたくなんかないぞ」という方もたくさんいらっしゃるので、読まれてご気分を害されたらすいません。
 いずれにしても、悪徳業者に騙された被害者をきちんと類型化、データ化して、そのうえで「こういう人に対するファンドの出資の勧誘は禁止します」となるならまだいい。あるいは、そういう類型の人たちが出資しようとする際には、ベンチャーキャピタルの側にはもっと説明義務が必要、といったアプローチだったらわかります。だけど、そうじゃなくて、どういう方々かよくわからない被害者がたくさんいたから、めったにいない資産家などの「限定列挙」された者以外は、出資することを一律禁止にするというわけです。
 それが消費者保護のためだというのは、あまりにも乱暴というか、論理の飛躍があります。実際に被害にあった類型の人たち以外も、原則一律禁止ということになってしまうわけですから。

磯崎 さらに、適格機関投資家等特例業務というのは、適格機関投資家が1人いれば、ほかは誰でもOKという話だったわけですが、ファンドの詐欺などのケースで、この「適格機関投資家」がどんなヤツだったのかを調査したかどうかもわからない。
 この規制をしたことによって、出資できる人がどのぐらい少なくなるのかというところもリサーチしたのでしょうか? 有価証券等を1億円以上も持っている人というのは、これまでの個人投資家候補の数が何百分の一とか何千分の一に絞り込まれてしまうと思うんですが、そうした影響も調べていないとしたらあまりに大雑把ですし、調べたうえで何千分の一になっても経済に悪影響は与えないと思っているんだとしたら、あまりに乱暴すぎるんじゃないかと思います。