人間は何歳まで生きられるのか。細胞の不死化研究の第一人者である三井洋司・徳島文理大学教授いわく、「理論上はなんと200歳まで生存可能だ」とのことです。その理論の中身は本誌で紹介しますが、いにしえより続く“不老不死”サイエンスの進化はとどまるところを知りません。
むろん、遺伝子操作や細胞移植は寿命を伸ばす行為としては法律で許されておらず、倫理上の論争も続いています。また、『生物と無生物のあいだ』の著者、福岡伸一・青山学院大学教授のように、あたかも悪い部品だけ交換しようという遺伝子操作の考え方に警鐘を鳴らす論者もいます。同氏は本誌とのインタビューで、草食動物だった牛に肉食を強要して食物連鎖を組み替えたことは地球レベルでの遺伝子操作に等しく、それが狂牛病の要因になっているのではないか、と警鐘を鳴らします。
脳科学の権威である養老孟司・東京大学名誉教授も、ATL(成人T細胞白血病)という一種の風土病に触れ、ウィルス構造を解明できたにもかかわらず、治療法が進んでいない現状に対して、「細部を詰めていけば真実が判明すると思っているが、あくまで部分がわかるだけ」と苦言を呈します。養老氏はまた日本の研究開発の方向として、人類の幸せや地球環境のために、従来どおりモノづくりや応用科学に注力すべきと主張します。
今回の特集はこうした賢人たちの指摘を踏まえつつ、主に生命のリスクに対する防御術を探りました。「凄い技術」というタイトルに込めた思いは“最先端”という三文字では必ずしもありません。ローテクながらも優れたアイディアもあれば、“高嶺の花”の先端技術のコストを引き下げる量産化技術もあります。内視鏡ひとつとっても日進月歩の進化を遂げていることを忘れてはなりません。手術用メスしかり、ワクチンしかりです。
ちなみに、本特集では、病気や老化だけなく、暮らしを取り巻く他のリスクにも目を向けました。具体的には、天災、犯罪、事故です。このうち意外と軽視されているのが、高齢者事故の増加傾向。特に、屋外で転倒したり転落したりして亡くなる人の数が増えていることが統計を見ると分かります。滑りにくい床やLED誘導灯など、次世代バリアフリー技術の進化は待ったなし。特集でも、その技術開発の最前線を紹介します。
日本は久しく世界一の長寿国の名をほしいままにしてきました。しかし、生活習慣病の蔓延で、その行方にも黄信号が灯っています。むろんここで紹介した技術は、健康長寿への魔法の薬ではありません。当たり前のことですが、大事なのは、読者諸賢の心の持ちようひとつです。いくら老化防止技術が進歩しても、生活習慣が今のままでは、猫に小判。本特集の読後感が、命と暮らしを脅かすリスクへの目覚めになることを望んでやみません。
(『週刊ダイヤモンド』副編集長 麻生祐司)
※週刊ダイヤモンド2007年10月13日号は一部地域を除き10月9日発売です