5.【特別付録】『統計学が最強の学問である』01
統計リテラシーのない者がカモられる時代がやってきた

 H・G・ウェルズの予言

「1903年、H・G・ウェルズは将来、統計学的思考が読み書きと同じようによき社会人として必須の能力になる日が来ると予言した」

 ハーバード大学のメディカルスクールで使われている統計学の教科書には、冒頭にこんなことが書かれている。
 H・G・ウェルズはサイエンス・フィクションの父とも呼ばれる作家・思想家だ。タイムマシンや透明人間といったSF的なアイディアは彼の著作を通して有名になったし、彼の幅広い科学知識と先見性は、核兵器や国際連盟、それに今で言うWikipedia のような百科事典の登場すら予言したと言われる。

 現代的な統計学の黎明期である1903年当時になぜウェルズがそう予言できたのかは定かではない。しかし、彼に遅れること100年ほど経った今、私たちは間違いなく読み書きと同じレベルで、統計学的な思考方法を求められている。読み書きをする能力のことをリテラシーと呼ぶが、統計的なリテラシーすなわち「統計リテラシー」がないことは現代を生きる我々にとって思いのほかヤバい状態なのだ。

 読み書きができなければ契約書や法律の中身を理解できないし、統計リテラシーがなければ確率やデータを知ることもできない。いずれにせよ、合法的な詐欺の被害者になっても文句が言えない、無防備すぎる状態である。

 あみだくじの必勝法

 卑近な例では、私はかつて大学院生時代、研究室の友人としばしばコンビニへの買い出し役を賭けてあみだくじをした。
 あみだくじの形式はさまざまだが、ある日に行なったあみだくじは、私を含む参加者4名の倍の数である8本の縦線を引き、私が残りの参加者に見えないよう左から4番めの縦棒の下に星印をつけ、残り3人の友人には逆に私に見えないように4本ずつ横の線を引いてもらうといったルールで行なった。参加者はジャンケンで勝った順番に①〜⑧の縦棒の中からまず1ヵ所ずつを選び、ひと通り選び終わった後はその逆順で選ぶ。そして★印に当たった者がコンビニへと全員の使い走りに行くことになるのである(図表1)。

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 もし何のためらいもなく直感のみを頼りにしてこのあみだくじに参加したとしたら、あなたはかなり分の悪い勝負をすることになるだろう。
 試しにこのルールで1000回繰り返したとして、縦棒ごとの当たる回数をシミュレーションしてみると図表2のような結果になる。

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 一番当たる確率が高いのは当たりの真上である④で1000回中210回、つまり21.0%の確率で当たる。次いでその右隣では19.4%の確率で当たることになる。一方、最も低い右端では3.3%の確率でしかない。

 実際にこうしたルールであみだくじをやったところ、友人たちのクセなのか、人間心理の傾向なのか、両端の縦棒を先に選ばれたことはほとんどなかった。
 つまり、一見4分の1すなわち25%ずつの確率で公正に決めようとしていると思わせつつ、両端を選び続ける私がコンビニに行く確率は11.4%(=(81+33)÷ 1000)ほどしかない。一方で、なぜか中心付近の縦棒を直感的に選ぶ傾向にあった友人が④⑤の選択肢を選ぶと40.4%(=(210+194)÷ 1000)もの確率で当たることになる。きっと彼はこうしたあみだくじのせいで、何度も「なぜか最近運が悪いな」という感覚とともに買い出しを引き受けてくれていたことだろう。

 ちなみに、公共工事の入札が「同条件なら最後はあみだくじで決める」という地方自治体もあるらしいので、この知識を応用するだけで売上を増やせる会社もあるかもしれない。

 統計学を制する者が世界を制する

 もちろん横棒を引く過程がシミュレーション通りに完全ランダムとはいかないし、いくら確率が低いとは言っても私が当たりを引くことがないわけではない。だが、統計学さえ知っていれば不確実性のある状況下においてちょっとしたズルを行なうことができるのは、何もこうしたセコい話だけには留まらない。

 たとえば私がデータ分析に関わったある小売企業では、これまで漫然と送っていたダイレクトメールについて「どういった顧客には送り、どういった顧客には送らないか」といった選択を最適化することによって売上をほんの6%ほど上げるやり方がわかった。1000億円ほどの売上のほんの6%だから、見込まれる売上の増加はほんの60億円ほどだ。
 DMを送る量自体は増やすのではないため特にコストがかかるわけでもなく、「DMを送ることで購買額を増やす顧客」と「そうでない顧客」をただ明らかにしただけで、あたかもあみだくじでズルをするかのように売上高にして6%ほどの「ズル」ができるのだ。
 そしてもしそうしたズルをあなたや、あなたの会社がやらなかったとすれば、競合他社が同じようなズルを使ってあなたの顧客や利益を奪うだけの話である。

 すでに統計学は21世紀に生きる我々にとって必須スキルとなっているし、多くの人間にとって最強の武器となる可能性も秘めている。ビジネス領域における統計学を応用したソリューションのことをビジネスインテリジェンスと呼ぶが、このインテリジェンスという言葉はスパイ映画に出てくる CIA(Central Intelligence Agency)の「I」の文字が示すものだ。それに、兵法の古典中の古典である孫子の時代から、戦いにおける情報の重要性はいくら強調してもしすぎるということはない。

 情報を制する者が世界を制する、という言葉を現代において言い換えるならば、統計学を制する者が世界を制するということなのである。
 


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