さらに、スコットランド独立を決める住民投票の実施は英国だけではなく、民主主義体制の中での住民・国民投票の位置づけに一石を投じることになるだろう。今後英国のみならず、他の民主主義体制において国家の命運を決してしまう住民投票や国民投票が、多用されてしまう恐れが出てくる。

 1990年代のはじめ、当時のサッチャー首相は、英国のユーロ加入について国民投票で決すべきだという議論が高まったとき、これを明確に否定した。「通貨といった複雑な問題について、国民が十分な情報を持って判断するのには無理がある。そのために選挙で統治を託された政府が存在し、政府は万全の情報に基づいて判断する。もし国民が政府の判断が間違っていると思えば、次の選挙で政権交代をすることになる。これが民主主義である」という論理である。

理性的な国益判断と国民感情のかい離
独立機運が他地域に広がる可能性も

 スコットランドの独立の是非は英国国民の利害とも大きくかかわるが、それをスコットランドだけの住民投票で決めるのは、民主主義の正しい原則なのだろうか。スコットランドの人々からすれば、国家財政や安全保障、EUとの関係よりも、スコットランド・ナショナリズムの感情に基づき賛成票を投じてしまうことになりはしないか。

 英国の名称である連合王国は、イングランド、スコットランド、ウエールズ、北アイルランドの統合体を意味するが、独立を求める動きがウエールズや北アイルランドに波及していくだろうことは、容易に想像できる。これはたとえば、すでにその機運が上がっているスペインのカタルーニヤ地方にも波及していくのかもしれない。

 国益の緻密な計算に基づく理性的な判断と国民・住民の意識(ナショナリズム・愛国主義など)のかい離は、民主主義社会においてますます拡がっている。スコットランドの独立を問う住民投票は、仮に賛成が多数とならなくても、賛否が拮抗したこと自体、住民の多くは感情的に動いたことを示している。