軍事戦略とビジネス戦略、その最大の違い
しかし、多くの方が感じているように軍事戦略とビジネス戦略には明確な違いがいくつか存在します。例えば以下の2つの条件は大きく異なる要素です。
【軍事とビジネスの基礎的条件のちがい】
(1)軍事は相手を直接攻撃できる
(2)軍事では地理的要因から、目標は予め与えられており比較的明確
1つ目は当たり前のことです。近所にライバル店が進出したからと言って、社員全員でバットを持って店舗を破壊しに出かけるわけにはいきません。ビジネスには直接攻撃は不可という法律・倫理的なルールが厳然と存在します。
2つ目は、国家同士の争いでは近隣諸国との戦闘が多く、また地理的な意味でも目標が固定されていることが多いことです。軍事戦略では、指揮官がゼロから目標を考えることは稀で、大抵の場合最初から目標が与えられていることになります。
したがって軍事戦略をビジネスに使うためエッセンス化する際には、明らかな違いを理解して行わないと、現実的な議論から大きく外れてしまうことになります。軍事では「攻撃」は当然の手段のひとつですが、ビジネスでそれがどのような行動に当たるのかは不明確であり、むしろ攻撃前の準備段階での組織的行動のほうが、軍事とビジネスには共通点が多いといえるでしょう。
ビジネスの難しさは、目標設定の自由度の高さにある
軍事戦略や兵法など戦争に関する戦略・戦術が、たいへん高度であるにも関わらず、時にビジネスに役立たないのは、目標設定に関する議論が少ないからだと筆者は考えています。
古代兵法においても敵国やライバル国家はある程度固定され、君主の命令を元にどう実際の軍事行動を進めていくかが議論の中心であり、目標自体を完全に自由な状態から設定する議論は、あまりされていません。
兵法書を中心に勉強をした頭の良いビジネスマンの中にも、時に能力を発揮できない人がいるのは、思考体系が「与えられた目標を実現すること」になっているからであり、目標を自律的に設定することに慣れていないことが理由だと推測できます(一方で、恐らく上級者は兵法書の枠組みの欠陥を飛び越えた別の読み方をしている)。
ビジネスでは目標設定は、脇役ではなく主役の中の主役です。去年と同じ製品を製造するか、新製品を開発するか。どの顧客を目指すのか、どの顧客を目指さないのか。
2代目、3代目の家業を継いだ経営者でも、目標の自由度は同じ程度にあります。現代では家業とは、あくまで家の財産を守っていくことであり、先代の仕事をそのまま模倣継続することではないからです。先代の仕事に手を加えて改善することが目標になったり、顧客層の大胆な若返りを図ることも、新たな目標として求められる時代になっています。ビジネスの難しさは、まさに目標設定の自由度の高さにあるともいえるのです。