料理人を育て、料理を高める「緊張感」
松久 とはいえ、怒る時には怒らなければいけませんし、凶器にすらなり得る包丁を持って仕事をするのですから、緊張感が大切です。
村田 ノブさんはこうしてお話しているととても優しいですが、厨房では本当に厳しいですよね(笑)。
「NOBU」「Matsuhisa」オーナーシェフ。
1949年、埼玉県で材木商の三男として生まれ、父を7歳の時に交通事故で亡くす。14歳の時に兄にはじめて連れていってもらった寿司屋でその雰囲気とエネルギーに魅了され、寿司職人になると心に決める。東京の寿司屋での修業後、海外に出てペルー、アルゼンチン、アメリカでの経験を基に、和をベースに南米や欧米のエッセンスを取り入れたNOBUスタイルの料理を確立した。
1987年、アメリカ・ロサンゼルスにMatsuhisaを開店。ハリウッドの著名人たちを魅了し大人気となる。1994年、俳優ロバート・デ・ニーロの誘いに応えNOBU New Yorkを開店。さらに、グローバルに展開し次々と店を成功に導く。2013年4月、ラスベガスにNOBU Hotelをオープン。2014年現在、5大陸に30数店舗を構え、和食を世界の人々に味わってもらおうと各国を飛び回っている。
松久 ボスが来た時に、キッチンがピリッとする緊張感は大切にしていますよ。料理は、たとえば熱いものは熱いうちに出さなければならない。緩んだ緊張感で冷ましてはいけないのです。同じ料理でも、ぴしっとした緊張が通っていない料理は映えてこない。
村田 たしかに、厨房から店の中までの空気を一瞬で変えられない親方は、親方ではないですね。ノブさんがキッチンに入ると、キーンと空気が張り詰めていくのが分かりますね。
松久 そうした凛とした空気感から、料理人が持つべき緊張感は教育されているのだと思います。そしてボスは、「ああしろ、こうしろ」と指揮をするだけではなく、仕事のための姿勢を伝え、教育する必要がある。「よし、いくぞ」と言った時に、全員がそれぞれの持ち場で最も求められていることをこなせる、そんなチーム力を出すために、ボスは在るべきです。もちろんそれぞれ「自由にやりたい」という気持ちはあるだろうけれど、その前提としてキッチンはひとつのチーム。菊乃井に行くと、そうした面でも、代々受け継がれている伝統を感じます。
お客さんは大きな期待を持ってお店に来られる。そこで期待以上をお返しするのがプロの仕事だと思います。そのためには、ひとつひとつのプロセスをこだわり抜き、ベストの料理をベストな状態で出し、お客さんに奉仕することができなければならない。その中に通った緊張感が、最終的にはお客さんをリラックスさせると僕は思っているのです。
村田 ノブさんがいつ言ってくださったかは忘れましたが、「できあがったと思ってから、もう一手間何かできることはないかといつも考える」という言葉を、私はずっと大切にして、今はもう癖になっています。最後にもう一度、検証して考えてみると「ちょっと待てよ……」と立ち止まることができる。そこで「まだ何か足りないのではないか」「もっと美味しくできるのではないか」と工夫ができますね。
松久 嬉しいですね、覚えていただいて。そうした緊張感の中でこそ、料理はもっと良くなっていくと思います。緊張感がなければ、全体が緩みますよね。
京都にある菊乃井の、あの素晴らしい空間の中で、お客さんは数々の料理と出会い、最高のおもてなしを受ける。その素晴らしい時間が終わる時、人は深く感動します。この終わったときの深い感動こそが、「もう一度行ってみたいな」という気持ちにさせるのだろうと思います。