仏で“知識偏重”が
問題視されたのは19世紀!

 一方、日本で高校生が学ぶ哲学といえば、社会科の倫理や歴史の授業の文化史。それも入試では人物や著作、理論の名前の暗記力を確認しているのです。

 フランスでは数学も答えが1つではなく、そのプロセス、ロジックをむしろ評価するそうで、「考え抜く」力を明らかに重視していることが分かります。

 歴史の問題も同様に論述をさせますし、物理・化学は口述があります。

 歴史に関しては、日本の国立大学の2次試験のような趣ですが、バカロレアの歴史は4時間、東大は2時間半ですから、論述の量、深さにおいて、要求されるレベルの高さがうかがえます。しかも、これを日本で言えばセンター試験のように全国一斉で問うているのです。

 ただし、面白いのはバカロレアも最初から現在のような知識運用の論述型になったわけではないということです。今回の視察ではバカロレアを統括する国民教育・高等教育・研究省の高官から「フランスでも時間をかけて改革してきた」という趣旨の興味深い話を聞くことができました。

バカロレアのヒアリングをする筆者(手前2人目、フランス国民教育・高等教育・研究省にて)

 帰国後に関連資料にも当たってみましたが、創設から10年余りの頃のバカロレアは口述式で、1830年になって論述式が採用された歴史があります。しかし、その口述も当初の論述も細かな知識を問う形式でした。そこで1840年に当時の文相がバカロレア改革に乗り出しました。その通達には次のようなことが書かれています。

「順序や説明もなしに細かく詳しい事実をつめこむ教育や、知性よりも記憶に頼るような教育からは距離を取らなければならない」――まるで今日の日本の大学入試制度が直面している課題と同じであることに「フランスも苦労してきたのだな」と思います。

 同時に、この通達が出された時期、日本はまだ江戸時代の天保年間であることで、改めて教育大国フランスの伝統に圧倒されました。ちなみに1840年というのは大塩平八郎の乱から3年後、時の将軍は11代家斉、老中は「天保の改革」でおなじみの水野忠邦。ペリーが黒船で浦賀に乗り込むまでまだ13年の時を要するという段階です。