計算1人、ファイル1つが鉄則

 投資銀行ではM&Aの買収金額を計算しますが、エクセルの計算をするのはほとんどの場合1人です。2人とか3人でエクセルの計算をすることは非常にまれです。手分けをすればするほど、ミスが起きやすくなるからです。いくつかのエクセルのファイルを作って計算を合わせるのは、とても大変な作業です。だから基本的には1人がファイルを全部管理し、修正もその人が行うというのが、投資銀行では一般的です。

 たとえば3人のチームで、顧客に営業プレゼンを行うとします。プレゼンでは、提案が顧客にどれくらいの利益をもたらすか、定量的に示す必要があります。この場合、まず、顧客の利益をエクセルで計算する人を決めます。そして、その人が計算をしたら、チェックをあとのメンバーに頼みます。1人が全部の計算をして、2人がその内容をチェックするという作業分担です。

 2人がチェックするときの大事なポイントは、エクセルのファイルを自分たちが直接いじるのではなく、エクセルの計算担当者に修正すべきポイントを全部フィードバックし、直させることです。担当者はそれを理解して、全部の修正を行います。

 チェックした人それぞれが勝手にエクセルをいじり始めると、誰がどこを修正したのかがわかりづらくなり、結果としてミスが起きやすくなります。ですから、計算する人を1人に決めて、その人に作業を集中させるのが大事なポイントです。

 また、エクセルで計算している人以外の2名も、傍観者になってはいけません。計算とチェックの機能分担をしているのであって、あくまでチームプレーであることを忘れてはいけません。1人だけに計算の全責任を負わせてしまうと、当人はプレッシャーを感じてしまい、ミスの原因になりかねません。また、その人にしかわからない「独りよがりのエクセル」になってしまうリスクもあります。

 次にファイルの数についてですが、ファイルをいくつかに分けて計算する人もいますが、これはあまりおすすめできません。ファイルはできるだけ1つにまとめて、これが最新のファイルだということを明確にする。そうすれば、間違って古いファイルを見ることもありません。

 また、たくさんのファイルが計算でつながっていると、ファイル同士の関連がわかりづらくなります。それを防ぐ意味からも、基本的にファイルは1つにします。

 大規模なM&Aでも、ほとんどの場合エクセルのファイルは1つです。1つのファイルで全部を計算することが、投資銀行では徹底されています。

余談:24時間エクセル耐久リレー!?

 先ほど、(1)エクセルの作業時間をしっかりかけて、余裕をもって取り組む、そして、(2)計算は1人に任せ、ファイルは1つにまとめる、と説明しましたが、緊急のプロジェクトでそのような余裕がない場合だってあります。そんなときは、どうするのでしょうか。

 投資銀行時代の先輩から聞いて面白かった話を紹介しましょう。その先輩が担当したM&Aプロジェクトでは、きわめて短いスケジュールで収益シミュレーションモデルを作成しなければならなかったそうです。さすがに1人では無理だ……。でもファイルが増えるのは危ない……。そのときにどうしたかというと、なんと2人がかりで、24時間フル作業態勢でモデルを作り上げたとのこと。つまり、2人で交互に1日12時間ずつ、リレー形式でエクセルを仕上げたわけです。たしかにこれなら、1つのファイルですみますが……。そのプロジェクトの担当にならなくてよかったと、私はつくづく思いました。