野中郁次郎の研究は、組織における知識創造に注目した点で最もよく知られている。野中は、知識創造は、特にイノベーションにつながるという理由から、企業にとって最も意義のある中核的能力だと信じている。彼は、創り出された知識が企業の競争優位の主要な源となると論じている。
人生と業績
野中郁次郎(1935年生まれ)はカリフォルニア大学バークレー校の初の知識学教授である。彼はそれ以前に同大学院でMBA(経営学修士、1968年)とPh.D(経営学博士、1972年)を取得した。また、北陸先端科学技術大学院大学の知識科学研究科長を務めた後、2000年に一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授に、2006年より一橋大学名誉教授に就任した。
野中は自身の研究を世界中の企業における知識創造プロセスの比較研究だと表現しており、日本企業のイノベーション活動の特徴に関する研究でもあるとしている。彼は、知識とは何か、企業はいかに知識を創造するか、知識創造をいかに促進できるかといった質問に対する答えを模索している。
思想のポイント
●知識創造企業
野中の組織論や企業構造に関する研究は日本語と英語の両方で広く刊行されているが、最初に彼の概念を広い層に流布したのは、1995年の竹内弘高との共著『知識創造企業』(The Knowledge-Creating Company: How Japanese Companies Create the Dynamics of Innovation)だった。
野中と竹内はこの本で、日本企業の成功は組織的知識創造、特に絶え間ないビジネスイノベーションを生み出す技能と専門的知識のおかげであると論じている。彼らは旅に例えて、その途中には新しく見知らぬ道路標識がいくつも出てくると警告している。この本は、実際のケーススタディと理論的・哲学的分析とを統合したものであり、創造的組織体において作用している複雑な力について伝えようと試みている。この本はすらすら読めるものではないが、著者らはそれを「マネジャーはもはや知識や知識創造についての単純化された概念で満足するわけにはいかない」と宣言し弁明している。
●形式知と暗黙知
野中と竹内の理論の出発点は、西洋と東洋の哲学の対比である。西洋では、知識とは形式的であいまいさがなく系統的であり、誤りであればそれを立証でき、科学的であり、その探求にはデータや情報の分析や解釈を必要とするのが普通である。新しい知識は文書化され、正式な訓練によって移転される。
2人はこの種の知識を「形式知」(explicit knowledge)と表現している。形式知はおもにデータベースやマニュアルを通じて管理される。人間の専門的知識や経験や洞察は知識の源としては無視されるのが一般的だと彼らは主張している。