シャッター通りだった石巻
「復興を機に再び活気を取り戻したい」

 東京での仕事の合間を縫って、芦沢氏はデザイナーや職人と共に石巻に通い、工房の整備を進めた。同時に、震災を機に石巻をバージョンアップさせる方法を模索していた街づくり団体「ISHINOMAKI 2.0」と協力。被災した空き店舗の壁を塗り、建具を修復し、ボランティアと地元の人々がお酒を酌み交わす「復興バー」や、オープンシェアオフィス「IRORI」など、ユニークな場所を作っていった。

 それらの活動は全て、石巻の中心市街地で行われた。多くの地方都市と同じく、石巻は震災前から駅前商店街がシャッター通りとなり、ドーナツ化現象が進んでいた。もともと衰退しつつあった歴史ある地域が、震災でさらに被害に遭ってしまったのである。

 ISHINOMAKI 2.0に関わる地元商店街の後継者たちは、自分たちが育った中心市街地を見捨てるのではなく、むしろ復興を機に再び活気を取り戻したいと思っていた。このような街づくりの問題解決も見据えつつ活動を続ける中で、石巻工房から最初の製品が生まれることになる。

 毎年7月、石巻では川開き祭りが盛大に開かれる。震災があった年は鎮魂の神事と共に、さまざまなイベントが催された。その1つとして企画されていた屋外での映画上映会に使う椅子を、石巻工房が用意することになった。そこで芦沢氏は、石巻工業高校の建築部の生徒に呼び掛け、ベンチ作りのワークショップを開くことにした。

石巻工業高校の生徒たちとのワークショップの様子。ここで作られたベンチは、後に「石巻ベンチ」として工房の主力製品となる

「将来、地域の復興を担っていくのは若者たちです。まず彼らに、ものづくりを通して自分の力で生きていく技術を身に付けてほしいと思いました」(芦沢氏)

 ワークショップでは、2日間で40台以上のベンチを製作。上映会が終わった後には、ベンチは街の至るところに置かれ、人々が休憩し、会話する場所となった。学生たちは、自分たちの手で街を変られるということを、家具作りの体験を通して学んでいった。

 11年の秋には、米国の家具メーカー「ハーマンミラー」の職人たちが、被災地支援プログラムの一環で石巻を訪れた。そこで石巻工房は、彼らと共に仮設住宅で暮らす人々のニーズを汲む家具のワークショップを開催。事前のリサーチによってさまざまな製品が考案された。

 例えば、踏み台として使える、持ち運びやすい小さなスツール。住宅の前や露地に縁側のような空間を広げる縁台。そうして製品のバリエーションが広がると共に、高度な技術をもつハーマンミラーの家具職人と協働することで、石巻にものづくりの技術が蓄積されていった。