報道機関は良い記事を書いてもムダ?
ニュースの決定権を握ったIT企業

 ただ、パソコン時代においても、スマートフォン時代においても、変化していないことがあります。新聞社や出版社といった報道機関をはじめとするコンテンツプロバイダーは、インターネットにおいて、圧倒的な流通を押さえられなかったという事実です。自社のホームページに記事を掲載しただけでは大して読まれません。読まれるためには、強力な流通の力が必要ですが、この要衝を押さえてきたのは報道機関ではなく、IT企業でした。

 インターネットニュースの生産(あえて生産という表現を使います)と流通の関係は、パナソニックのお店とヨドバシカメラの関係に近いかもしれません。パナソニックのお店は、パナソニックグループの製品だけを扱い、他社の製品は扱いません。一方のヨドバシカメラは、パナソニックに限らず、ソニー、シャープなど幅広い製品を扱っています。ふだん私たちが買い物に出かけるのは、品揃えが豊富なヨドバシカメラの方でしょう。

 ニュースの生産は新聞社などによって行われます。しかし、自社のサイトに自社の記事だけ掲載するというやり方では圧倒的なユーザーの数が集まって来ませんでした。これとは違い、ポータルサイトやニュースキュレーションアプリなどを提供するIT企業は、自社で記事を生産しない代わりに、ありとあらゆるニュースを買い求め、そこに掲載することで、圧倒的な集客に成功しました。

 新聞社や出版社などがニュースを生産し、IT企業が流通を担うという、インターネットにおけるニュースの生産と流通の関係は、過去20年間で、役割分担が決定的になったのです。このことは、ニュースの流通において、新聞社などのコンテンツプロバイダーが自社のニュースを、インターネットを通じて世に広く流通させるための発言権を持てなくなっていることを意味します。

 コンテンツプロバイダー(生産メディア)がどれほど自信を持って良い記事を書いても、その記事を取り上げるか取り上げないかの決定権は、ポータルサイトやニュースキュレーションアプリの流通メディア側にあるわけですから、生産側にとって面白いはずがないのです。これを、ある新聞社のメディア担当者は「生殺与奪の権限を持っている」と表現していました。