今後も「簡易宿泊所コミュニティ」が
必要とされる事情

青山やすし(あおやま・やすし)氏公式サイト。 1943年生まれ。1967年~2003年、東京都庁に勤務。1999~2003年、東京都副知事。2004月より明治大学公共政策大学院教授
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 東京にも、大ドヤ街として知られた「山谷」がある。長年、東京都庁に勤務し、山谷の貧困問題に行政の立場から関わったこともある青山やすし氏(“やすし”の文字は人偏に八、月)は、簡易宿泊所をどう見るだろうか?

「簡易旅館、簡易宿泊所には、コミュニティが成立しています。故郷や家族の元に帰れない事情を持つ、同じ境遇の人たちのコミュニティがあるんです。それに、今の簡易宿泊所にはエアコンがあり、大きな風呂があり、テレビがあり、自炊設備があります。欧米のバックパッカーも利用しています。簡易宿泊所は、これからも必要です」(青山氏)

 コミュニティがあるといっても、危険と隣合わせの居住環境は、誰にとっても好ましくないものに思える。川崎市では、ホテル等の宿泊施設に対しては定期検査を行っているが、簡易宿泊所は対象としていなかったという報道もある(読売新聞記事)。定期検査と指導が徹底されていれば、回避された惨事ではないだろうか?

「それは、建築安全行政の単なる怠慢。今回の2棟は、木造2階建ての既設からの増築で木造3階建てになっていたということですが、そうであっても、明確に建築基準法違反事件です。通常は、改築中に停止命令を出します。応じなければ、強権発動して行政代執行で取り壊すことができます」(青山氏)

 青山氏は、山谷を所轄地域に含む城北福祉センター(現在は(公財)城北労働・福祉センター)の所長を務めていたこともある。かつては家族で山谷地域に暮らす人々も少なくなかった。その時期の城北福祉センター内には、学校もあったという。しかし家族を持つ人々に対しては都営住宅への入居が促進され、山谷には約1万人の単身者が取り残された。

 その単身者たちは、バブル期までは「日給1万円」といった好条件で日雇いや飯場の仕事を得ることもできていた。しかしバブル後は、高齢化して生活保護利用者になったり亡くなったりした。山谷に暮らした人々の記録を読むと、もともとギャンブルやアルコールなどの依存症、その他の精神疾患を持つ人が少なからず含まれており、一般的な就労は困難な可能性が高かった様子も窺える。本来なら障害者福祉の対象であるべきだった人々だったのかもしれないが、精神障害に対する日本の障害者福祉は、立ち遅れた状態が現在も続いている。