抽象化とは複雑な事象から
類似を見つけること

――高次元で考えることによって、何が生まれるのでしょうか。

 物事を抽象化してとらえ直すことです。それが人類にとって極めて重要なんです。たとえば歴史上で天才と呼ばれる人は、複雑で難しいことを抽象化した人たちです。一番わかりやすいのは古典的な力学。複雑極まりない自然の現象を、ニュートンはたった三つの法則でほとんど説明がつくところまで奇跡的に抽象化した。だからすごいと言われる功績が残せたわけだ。

 組織で言えばパレートの法則みたいなものも抽象化です。わけのわからない現象を見て、組織は二対六対二で分かれるんじゃないかと仮説を立てたらどこの組織にも当てはまったわけですよね。アリとかにも当てはまったっていうでしょ。

 そうした抽象化を考えた人ほど、後から天才といわれるんです。たとえばゴッホとピカソは日本人に同じくらい人気があるんだけど、ピカソは天才といわれても、ゴッホは天才とはあまりいわれない。それはピカソのほうが抽象化レベルが高いから。建築家も同じで、抽象化レベルの高い人ほど天才と呼ばれる確率は高くなる。

 抽象化というのは、複雑な現象から相似を見つけるということです。相似を見つけるにはいい頃合いのレベルまで抽象化しなくちゃいけない。たとえば、IQテストで動物とか鳥の絵があって仲間分けしなさいという問題がある。あれはどのレベルまで抽象化すると仲間分けできるかを直感的に考えさせる問題なんです。

 生物というレベルまでいけば全部いっしょになってしまうし、名前だと全部違うし、陸か空か、あるいは足の本数とかだときれいに仲間分けできたりする。抽象化によって類似が見つかるわけです。

身体を伴う知、
身体を伴わない知

――抽象化する力が知性ということですか。

 もうちょっと言うと、たとえば学者の人や物凄く頭のいい人でも、周りの空気を読めない人っているじゃないですか。そんなに頭がいいのになんで空気が読めないのか。まあ、読めなくても全然いいんだけど(笑)。なぜ頭がいいのに空気が読めないかというと、空気を読むには身体が伴うからです。言葉だけじゃなくて顔色とか身振りとかも把握しないといけないわけです。

 で、僕が何を言いたいかというと、身体を伴う知性と身体を伴わない知性というのがあって、それは独立して存在しているような気がするということです。