日本ワインをつくるために
新潟に移り住んだ男の物語

 国内市場においては、約7割を輸入ワインが占めると見られていますが、一方、20年に開催予定の東京オリンピックに向けて、国産ワインの取組みも注目されています。ちなみに、国産ワインの多くはいまだ海外原料を使用していますが、日本ワイナリー協会では、日本産ぶどうだけを使って国内で醸造した純国産のものに限って「日本ワイン」と呼んで区別しています。

 本書『僕がワイナリーをつくった理由』の著者・落希一郎氏は、まさにその「日本ワイン」をつくることを目的に、92年、新潟県巻町(現新潟市)に「カーブドッチワイナリー」を設立しました。「カーブドッチ(CAVE  D’OCCI)」というフランス語は「落のワイン蔵」という意味です。
 カーブドッチは設立当初、「ぶどう苗のオーナー制度」により、3000万円の出資金を集め、その後の会員数の増加とともにぶどう畑を拡大し、ワイナリーのほかにレストランやソーセージ・パン工房、ホテルなどを次々にオープンしました。1本のぶどうの木から始まったカーブドッチは、いまでは8ヘクタールのぶどう畑と1万坪のイングリッシュガーデンを保有するワイン醸造村へと変貌を遂げ、年間36万人を集客する観光エリアとして注目を集めるようになったのです。

 誰にでも愛されようと万人受けを目指すと、それ自体やがて個性を失います。より多くの消費者を求めて、大量に効率よく売れるものを作ることにつながっていくからです。また、消費者が流行を追うことによって生まれる一過性の消費は、結果として生産者の足をすくうことになる。かつて国内でボジョレーヌーボーやポリフェノール、新世界ワインが流行った時も、結局あっという間に飽きられて、市中在庫だけが大量にだぶつくことになった。売り手が万人にと作ったものは、買い手からは「別にこれでなくてもいい」と思われることにもなるのです。

 だから僕は、いつまでも万人受けしないワイナリーでありたいのです。そういった意味では、たとえば大手の旅行会社が企画する観光コースにも組み入れられないようにしているし、団体のツアー客も積極的に受け入れていません。そういうお客様を受けること自体、僕のワイナリーの個性とは違っていると考えるからです。(160ページ)

「万人受けしないワイナリー」であり続けるための落氏のこだわりを箇条書きにすると、以下の4点が勘所となります。

・本物のぶどうで本物のワインを作るため、大量生産はしない
・大都市で売るのではなく、大都市からワインを買いに現地にきてもらう
・観光バスの乗り入れ禁止
・子ども連れを敬遠

「子ども連れを敬遠」については、若干の説明が必要かもしれません。カーブドッチには飲食施設が4ヵ所ありますが、そのうちの2店は小学生未満の子どもの入店を断っています。子どもの騒ぐ声が聞こえない、静かな食事場所を確保するためです。もちろん、行儀のいい子どももいるでしょうが、しかしそうでない子どもが入店してきたら、あちらの子どもは〇でこちらは×とは言えません。だからすべての子どもの入店を遠慮してもらっているのです。

 そういう意味では、小さな子ども連れのお客様にはちょっと居心地のよくない場所かもしれません。でも、僕のワイナリーは大人が静かにくつろげる場所を目指して作ったのですから、理解してもらうしかありません。

 正直なところ、僕はドイツ人と同じように子どもは半完成品だと思っています。一人前でない人間が大人に迷惑をかけてはいけないし、子どもには完全な人権は与えない、というドイツの考え方にも賛同しています。

 だからバスや電車など公共の乗り物では子どもは座る権利はないし、大人が楽しむ場に、ワイワイと活発すぎる子どもは居るべきではないと思っています。子どもが元気にしているべきなのは家庭や学校、子どものための遊び場などです。そして彼らが一人前になったら、自分の好きなところに自分のお金で出かけて行けばいいのです。(162~163ページ)