日本銀行総裁・副総裁人事が混迷を深めている。2008年3月12日に参院は政府・与党が提示していた武藤敏郎・日銀副総裁の総裁昇格、伊藤隆敏・東京大学大学院教授の副総裁就任を不同意とした。

 金融市場関係者の大多数は、武藤氏の不同意を残念がっている。日本のように中央銀行の実際上の独立性が高くない国では、永田町との摩擦を緩和できる人物が総裁に就くことは重要と見られているからである。 2007年1~21月の利上げ騒動のときに見られた政治サイドからの強烈な牽制にうんざりした市場参加者は国内外に多い。

 白川方明・京都大学大学院教授の副総裁就任は参院で同意された。福井俊彦総裁の任期は19日に切れる。白川氏が衆院でも同意されるならば、副総裁の1人は確定する。日銀法22条は、副総裁は「総裁が欠員のときはその職務を行なう」と定めている。

 白川氏1人だと、その仕事は激務になりそうである。国会、国際会議、日銀の人事、予算といった内部管理等々仕事量は多い。

 とはいえ、短期的には総裁不在であっても国民生活に直接被害が及ぶような日銀業務の停滞は起きないだろう。総裁が「欠員」でも、国民が日銀券を銀行から引き出せなくなったり、あるいは、年金が国民の口座に入らなくなるような事態は生じないと思われる。

 しかしながら、大きな決断をせねばならぬときにリーダーが不在であるとすれば問題が生じる。折しも3月11日に、米、欧、英、スイス、カナダの中央銀行は、メルトダウンしかかった金融市場に対処すべく流動性対策を発表した。

 FRBが3月7日と11日に発表した流動性対策が満額実行されると、TAF(ターム資金供給)は1000億ドル、28日物レポオペは1000億ドル、ターム物債券貸出ファシリティは2000億ドル、海外中央銀行へのドル供与は360億ドルとなる。計4360億ドル(約45兆円)だ。これはFRBのバランスシートのおよそ半分に達するすさまじさである。それほど米国の金融市場は危機的な状況にあるといえる。

 FRBは、ファニーメイやフレディマックが保証しないモーゲージ担保証券も担保として大規模に受け入れる決断をした。直接買い入れとは異なるものの、日銀が昭和初期に「震災手形」を購入したことを一瞬彷彿とさせるスキームである。市場がFRBの資産は劣化しつつあると考え始めたら、ドルの信認はさらに揺らぐ恐れもある。

 こういったきな臭い時期に、日銀総裁が不在であることは、金融市場に不安感を抱かせる。

(東短リサーチ取締役 加藤 出)