2013年の事件ではフィリピン政府は当初「非は台湾漁船にある。謝る必要はない」と突張ったが、怒った台湾が「フィリピン人労働者の受け入れ凍結」などの制裁措置を決めると、アキノ大統領は即日謝罪声明を出し「射撃した隊員を殺人罪で起訴することを検討する」と態度を一変した。もし日本が無償供与した巡視船が、台湾、中国、ベトナム、マレーシアなど隣国との紛争に使われては日本はまずい立場に置かれる。

 しかも陸戦用の兵器や弾薬などとちがい、艦艇は非常に目立つ上、約30年の寿命があるから、将来国際情勢が変わり、例えばフィリピンが中国と和解し、親密になったり、日中の「戦略的互恵関係」がさらに深まったような場合にも、巡視船はかつて日本がフィリピンを中国と対抗させようと図った“記念碑”のようになりかねない。

 フィリピンの経済の過半は60万~80万人の華人が握ると言われ、アキノ大統領も「許漸華」との中国名を持つ。フィリピンはイラク戦争で96人の部隊を派遣したが、出稼ぎの運転手1人がゲリラの人質となると、すぐに要求を呑んで部隊全員を撤退させたほど変わり身が早いだけに、好条件を示されると南沙問題は適当なところで手を打ち、中国との経済関係の拡大を目指す可能性は少なくない。

 フィリピンでは1987年に、F・マルコスの親米独裁政権が崩壊した後、民族意識が特に上流、中流の知識階層に高まり、さらに米軍基地の地代を米国が引き下げようとしたため、フィリピン議会は基地協定の更新を承認せず、1992年に米軍はフィリピンを去らざるをえなくなった。だが米国の9・11テロ事件後、ミンダナオ島でのイスラムゲリラ掃討のために米軍の「一時的滞在」を許可し、スービック湾などの再使用を認めるなど、良く言えば柔軟、悪く言えば無定見な動きをしてきた。

南沙諸島のフィリピン領有に
そもそも正当性はあるか

 前回6月11日配信の本欄でも述べたが、南沙諸島には、一応「島」と言えそうなものは12島あるが、フィリピンが5島、ベトナムが5島、台湾とマレーシアが各1島を事実上支配し、それぞれが各1島に飛行場を建設している。

 中国は南沙では出遅れたため、島は1つも押さえられず、他国が手を付けなかった岩礁や、満潮時には水没する「干出岩」を埋め立て、構築物を建設している。今回、中国が飛行場を建設していると注目されるファイアリー・クロス礁は「干出岩」だから、その周囲を埋め立てて人工島を作っても海洋法条約では領土と認められない。石油掘削用のヤグラなどと同様の扱いになる。

 日本では中国がフィリピン領の南沙諸島を侵略しているような印象を持つ人が多いが、1898年の米西戦争の結果、米国がスペインからフィリピンを割譲させたパリ条約では、「東経118度以東のフィリピン諸島」(南部パラワン島沖では北緯7度40分、東経116度まで)とされており、南沙諸島はその線の外側(西)にある。

 1911年から日本の企業は南沙諸島中最大の太平島(日本名長島)で燐鉱石を採掘し、日本政府は1938年に南沙諸島の領有を宣言、「新南群島」と命名して、現在の台湾の高雄市に編入した。その際、日本外務省は、「パリ条約によれば南沙諸島は米国領ではない」と主張した。当時は日中戦争のさなかで日米関係は険悪だったが、米国は日本の領有宣言に抗議しなかった。パリ条約の当事国である米国は南沙諸島が米国領フィリピンに属さないことを知っていたためだろう。