もっとも、私たちがふだん利用するニュースサービスが、民主主義や公益性の高い政治や経済の記事(新聞では硬派と呼びます)だけで編成されていたのでは息の詰まる空間ができてしまいますから、きちんと取材をした文化や芸能、街の話題(こちらは軟派と呼んでいます)も必要なのです。実際、私たちは民主主義に基づく社会の存立だけを考えて生活しているわけではありません。合コンの場で「民主主義云々」について話をしても一向にモテないでしょうし、自動車の運転をしているときは民主主義より周囲の安全に集中することの方が重要です。

 しかし、影響力を持つニュースサイトやニュースアプリがその配合の仕方を間違えると、ジャーナリズムはネット空間において存在できず、民主主義の成立と維持を危うくすることにつながります。中国の海洋進出と沖縄の基地をはじめとした安全保障問題や本格的に廃炉が始まる原発をはじめとしたエネルギー問題、世代間に広がる格差と社会保障や医療といった国民的な課題に、個々人が無関心であるわけにはいきません。

 特に、来年夏の参院選から18歳の高校生も選挙権を持つわけですから、楽しいコミュニケーションメディアに接するだけの青春を過ごすことは、ろくでもない老後を過ごすことにつながりかねません。

 そういう意味で、これらの国民的な課題が深刻化する前に、自分たちが普段から接触しているネットメディアが、きちんと課題を問題として提起できているのか、その問題について分かりやすく説明できているのか、という点については、ユーザー自身も考えなければならない問題なのです。

米・地元紙の休刊で
市役所職員トップの年収が12倍に

 さて、ジャーナリズムに基づいたニュースが死んだらどうなるのでしょうか?2011年の古い記事ですが、長年政治報道に関わってきたアメリカのジャーナリスト、スティーブン・ワルドマンさんに朝日新聞がインタビューした記事(朝日新聞デジタル、2011年10月29日)が好例ですのでご紹介しましょう。

 1998年、カリフォルニア州の小都市ベルある地元紙が休刊。市役所に記者がいなくなりました。それをきっかけに、市役所職員トップが自分の年収を500万円から12倍の6400万円まで段階的に引き上げました。決して不法な手段ではなく、市議会の承認まで得ていたといいます。ワルドマンさんは「新聞記者でなくてもいい。ネットでも雑誌でもだれか記者が時々、ベル市役所へ立ち寄るだけで防ぐことができた」と語っています。