どういうことかと言えば、「M&Aをした場合」と「M&Aをしなかった場合」を比較すると、M&Aをした場合のほうがリスクを取って挑戦したぶんだけ、企業規模は大きくなりますし、将来的に成長できるチャンスが格段に増すからです。そこで得た新しいリソースを生かして、新たな価値を生み出すのです。

 一例を挙げると、1988年に日本のブリヂストンが、米ファイアストンを買収した際には、「経営リスクが大きい」「買収価格が高過ぎる」などと批判の集中砲火を浴びました。ところが、当のブリヂストンはけっして逃げることなく、ファイアストンの経営課題に立ち向かいました。今では、世界のタイヤ市場でトップの地位を得ています。M&Aの成否は、長い目で考える必要があります。

 もちろん、M&Aに踏み切ったことで、それまでは考えもしなかったような難題が降りかかってきたり、日本と価値観が異なる海外では思うように物事が進まなかったりすることも多々あるでしょう。しかし、経営とはそういうものであり、否応なく“グローバル化”を突き付けられている現在の日本企業には、何もしないで立ち止まっている状況こそが、最大のリスクになるのです。

 M&Aで重要なのは、時間を買う、効率性を買う、人材を買うという行為を通して“イノベーションを取り込む”ことにあります。その結果として、時間はかかるかもしれませんが、それまで世の中に存在しなかったような新製品や新サービスを提供する企業へと発展的に変わっていくのです。

 そうでなければ、無理してM&Aをする意味はないでしょう。

エンロンの不正会計事件で
M&A助言会社として独立

──渡辺社長のプロフィールは、たいてい「82年に単身で渡米」と記述してあります。なぜ、日本の大学を出て間もない若者が、いきなり米国の会計事務所に入れたのですか。

 父親が八幡製鐵(現新日本製鐵)に勤めていた関係で、幼い頃から「人の役に立つ仕事をしたい」と考えていました。高校生になると、「世界の共通言語である数字を扱う公認会計士になれば国際的に活躍できる」と考えて合格率が高い中央大学商学部に進学しました。猛勉強して、公認会計士第二次試験に合格した4年生の10月から、先輩の会計事務所で働き始めました。

 ただ、当時の監査業務というものは、実務はクライアントのほうが詳しいにもかかわらず、“お墨付きを得る”ために頼んでいるという感じで、どうも自分が考えていたようなバリバリ仕事をするという雰囲気ではありませんでした。しかも、試験に合格しただけの学生に過ぎないのに「渡辺先生」と呼ばれるのには閉口しました。このままでは、自分はダメになってしまうと焦りました。