牧場長が木陰に立ち止まり「見てください」と柵の先を指さした。柵の先は鬱蒼として、人の背丈ほどはあろうかという草たちが、人の立ち入りを拒むように木々のあいだに茂っていた。

「牛が入れないとこれくらい草が生えてくるわけです。でも、牛を入れれば、一年で人が歩けるようになる。そうなれば間伐や伐採などの管理が容易になります。日本の国土は7割が山林。今、それが林業をしても一銭にもならないから放置されている」

 以前、当連載でも触れたが、日本は世界第3位という国土に対する森林面積を誇りながら、利用率となると約40%とけっして高くない。さらに森林資源量は年々、増加を続けている。増加するのはいいことのように聞こえるが、実際は放置されているのだ。

 荒廃した山地は獣害や水害といった様々な社会問題を引き起こしている。中洞さんは『黒い牛乳』(幻冬舎経営者新書)という著作のなかで「過疎化と高齢化が森林の荒廃を(さらに)加速させる」と指摘している。

「山地酪農はそれを防ぐ切り札です。猶原先生が仰ったように山地は資源。牛を放つことで経済活動に変え、近代酪農の問題点も解決できます」

 東京大学東洋文化研究所准教授の佐藤仁氏は著者「持たざる国の資源論」のなかで資源という言葉について経済地理学者E・ジンマーマンの「資源とは、あるものではなく『なる』ものである」という言葉を引き、説明している。資源とはそこにある物的なものではなく、人の智慧によってはじめて資源になるものなのである。

幸せな牛からおいしい牛乳を
人間は恵みを分けてもらっているだけ

中洞牧場の牛はみんな優しい顔をしている。『幸せな牛から美味しい牛乳』という言葉は本当だ(撮影 山本徹)

 山地酪農では「山仕事」が重要である。毒草(牛は賢いので食べないが)やトゲの多い野バラなどの好ましくない植物を刈る必要もあるし、木々の枝を切って陽当たりを良くしなくてはいけない。そうすることで牛の餌になる草が生えやすい環境をつくる。中洞さんご本人は「楽ですよ」というが、それはあくまで一般的な酪農と比べたらという話で、なかなか大変な仕事のように思う。

 草が食べ尽くされないように頭数にも限りがある。それでも『幸せな牛からおいしい牛乳』という信念にゆらぎはない。

「山地酪農をやっている人間で残ったのは数軒なんですよ。これはね、直売していたから。直売したことによって儲かったからじゃないですよ。直売することでお客さんに支持されている実感が経営の支えになったんです。経済的な面だけじゃなく、心理的な面で消費者に支えられなきゃ酪農はできないですよ。あとは間違っていないという確信かな」

──牛乳を卸すだけだと仕事をしている根拠みたいなものも薄くなってしまう、と。

「農協みたいなところに卸すと、集乳車っていうタンクローリーがミルクを引き取りに来るんですよ。そうなるとまるでその運転手に売っているみたいな錯覚に陥ってしまう。当然ですけど、消費者なんて見えない。牛乳は工場でオートメーションでつくるようなものとは違うんです。これは牛の母乳、本来は牛の子どもたちが飲むもの。私らはそれを分けてもらっているだけなんです。そういう気持ちになれば、コーラよりも安くは売りたくないだろって。それだけの話ですよ」

 新聞記事によると、ある酪農家が卸している乳価は現在「生乳1キロあたり、現在約100円」という。たしかに清涼飲料水並の価格だ。適正であるはずがないこの価格を要求するのは牛乳を大量に消費する社会である。