ハードルだらけだった「素人の思いつき」

「素人の思いつき」にすぎないこの話には、必ず言われることがあります。

「そんな簡単にバイオエタノールができるなら、これまでにもやった人はいるんじゃないですか?」

 そのとおり。トウモロコシやサトウキビからできるなら、他の植物でもできるはず――そんなこと、本職の研究者が思いつかないはずがありません。

 しかし、そこには大きなハードルがありました。実際、私が「思いつき」を話すと、「そんなことできるはずがない」と言われることがほとんど。こんな話に高尾はよく乗ってくれたな、と今でも驚かされます。

 綿は、その95%が、「セルロース」という「炭水化物」の一種でできています。これもやはり「糖(グルコース)」がたくさん連なってできたもので、トウモロコシと同じように、「セルロース」を「糖」に分解(糖化)することができれば、バイオエタノールをつくることができます。

 綿からバイオエタノールをつくる技術的な課題は、この、セルロースを糖化するプロセスの効率化にありました。

金も知識も何もないから成功した「初めての実験」

 高尾も技術者ですが、「バイオエタノール」の専門家ではありません。むしろ、彼もこの分野のことを研究するのは初めてでした。そこで、ものは試しということで、大阪大学の池内智彦さんと一緒に簡単な実験をすることから始めました。

 店で買ってきた綿100%のTシャツを2センチメートル四方に切り取って、それを池内さんに選んでもらったセルロースを糖化する働きのありそうな酵素を溶かした液に浸してみました。

 そのままひと晩置いてみると、Tシャツの切れ端は、前の日と比べて薄くなっているように見えたと言います。

「綿に含まれるセルロースが糖(グルコース)に分解されたのか……」

 と、高尾は期待に胸を膨らませましたが、それを確認する方法の準備ができていませんでした。グルコースを測定できるキットを買い揃えたのがそれから1週間後です。

 いざ測定してみると……。

「グルコースできてるやん!」

 高尾は、思わず驚きの声を上げたと言います。それを聞いた私も、「何や、できるやん!」とガッツポーズをしたのを覚えています。

 普通、研究というのはこんなに最初からうまくいくことはありません。失敗を繰り返し、その中で成功する方法を探っていくのが実験の常です。

 結局、後でわかったのは、服をつくる行程の中にセルロースを効率よく分解するポイントがあった、ということでした。もし、綿から直接バイオエタノールをつくろうとしていたら、ハードルを越えることはできなかったはずです。お金がないのと、もともと衣類のリサイクルを目指していたがためにTシャツで試したことが、こちらにうまく転んだのです。

 この技術のよいところは、綿100%でなくても大丈夫だということ。化学繊維が混じっていたり、プリントがしてあったりすると、その部分は分解されることなくそのまま残るのです。リサイクルにはうってつけでした。

 衣料品からバイオエタノールをつくることができる。これで一気に、繊維リサイクルに新たな風を吹き込むという私の積年の夢が現実味を帯びてきました。さらなる研究を進めることが決まり、そのためにも会社を設立することを決めました。

こうして8年後に迫った「デロリアン」走行の瞬間に向けて、最初の一歩を順調に踏み出したかに思えた岩元氏。しかし、技術だけではビジネスも回らないし、人々の共感も得られません。どのようにして、みんなが参加したくなる〈しくみ〉を構築していったのでしょうか?(次回は10月30日公開予定)。