なぜ『イノベーションと企業家精神』がテーマなのか?
岩崎 人々がこの先の社会をどう構築していくかを考えたときに、ドラッカーが出した答えが「マネジメント」であり、「マーケティング」であり、「イノベーション」だったと、僕は考えました。『マネジメント』で、ドラッカーは企業の目的を「顧客の創造」からスタートするとしていますが、このマーケティングという言葉の解釈は難しく、ドラッカー自身は「現状を全て誤りと仮定する」こと、つまり、まず自分を疑うことから始めるとしています。
そして「イノベーション」について言及し、そのイノベーションがもたらす新しいプレイス、つまり「居場所」を生み出せれば、一時にせよ、人々の間に争いは生まれないと考えたのだと思います。人々が争わずに生き残る道は、イノベーションなのだということを、マネジメントに見出したんだろうと。でも、これは「競争を避けることが、競争に生き残ること」という矛盾した概念になるので、伝えるのが難しいと感じたんです。
ものつくり大学名誉教授、立命館大学客員教授。1938年生まれ。ドラッカー教授の主要作品のすべてを翻訳、著書に『ドラッカー入門 新版』(共著)などがある。ドラッカー自身から最も親しい友人、日本での分身とされてきた。ドラッカー学会初代代表(2005-2011)、現在学術顧問(2012-)
上田 なるほど。それで今回は、イノベーションの方法論がまとめられた『イノベーションと企業家精神』を取り上げたんですね。この本はドラッカーの著作の中では決して派手ではないけど、私は『もしドラ』の次はこの本以外ないだろうと思いますよ。
岩崎 著作を読んでいくと、ドラッカーがイノベーションというものに、とりわけ強い関心を抱いていたと感じます。でもそれは、マネジメントを実践していくなかで、最後にたどり着いた一つの答えが、「人類を救うため、争いを作らないようにするためには、イノベーションしかない」と感じたからだろうと。
実際に今の世の中は、ドラッカーが危惧した通りになっていますよね。経済人が終わるどころか、幅を利かせている時代です。無限の奪い合いが、合法的に行われる世の中になっていますし、奪われるほうは奪われ続けています。
上田 それはね、ドラッカーのジレンマだと思うんですよね。ドラッカーも長年、苦々しく思っていた。経済人、つまり経済至上主義が終わる時代を予想しつつも、マネジメントは経済人にとって極めて有効なツールだったわけです。ドラッカーは効き目がありすぎるんです。『マネジメント』を実践すれば、確かな効き目が出てしまうんですよ。
岩崎 ドラッカーの導いた方法論って、非常に本質的であるがゆえに、なんにでも効く、時代を超えて効く強力な道具になってしまうんですよね。それを使えばこんなことができるというのは、まさに僕自身が恩恵にあずかっているわけです。
例えば、今回の本を書き上げるとき、マネージャーたちが野球部にイノベーションを起こすアイデアをどう作るか、という部分でものすごく苦労したんです。でも、ドラッカーをひもといてみて『イノベーションと企業家精神』に出てくる「7つの機会」を一つひとつ読み解いて登場人物に実践してもらうと、物語としてもすごく強力なイノベーションが起きた。
さらに、イノベーションを行うのが野球部員ではなく、一見脇役のように見られているマネージャーたちだというアイデアも生まれました。ドラッカーの考え方は高校生でも有効です。むしろ、なぜ今まで野球部をはじめとする部活動が、高校生たちにとって「マネジメントを学ぶ場」とならなかったのかと思ったくらいでした。
上田 大学まで行けば、マネジメントを学ぶことを目的としたクラブ活動もありますが、高校にはあまりないですよね。それで題材にしたんですか。
岩崎 そうですね。高校生にも、そうした欲求は潜在的にはあるんじゃないかと思ったんです。ロボットのように先生に言われたことをやるのではなく、トレーニングも戦い方も、自分たちで戦略から立てていく。そういう部活動があってもいいのではないかと。それが、「野球部の民営化」につながるのではないかと思いました。
「民営化」という言葉はドラッカーが作ったものですよね。「野球部を民営化する」というのは、『もしドラ』の続編にはぴったりのコンセプトじゃないかと思いました。我々にはもはや、先生にマネジメントを任せている余裕はない。自分たちが「マネジメントを学ぶ場」として部活動を活用するということが、今の高校生には求められているのではないかと思ったんです。
上田 確かに、学校だけでなく企業においても日々余裕はなくなってきているから、民営化というのは、今の時代にこそ求められていますね。それに、私自身もドラッカーを読んだのは高校生のころでしたから、十分あり得る話だと。
岩崎 「民営化」というキーワードが出てきたことで、初めは姿形がなかった野球部をどうマネジメントしていくかのアイデアが見えてきたんです。これはうれしい発見でした。ドラッカーはこんなところにもヒントをくれていたと。ドラッカーの『イノベーションと企業家精神』には、アイデアの種がいっぱい詰まっていて、繰り返し読みながらその種を掘り起こしていくと、パッと芽が出て花が咲く感じでした。苦しかったけど楽しかったですね。
ただ、この本がドラッカーの中でどういう位置づけなのかは、それほど詳しく知りませんでした。でも『マネジメント』の中でも、イノベーションが大事だということはわかっていたので、今回はそこに焦点を合わせたわけです。ただ、最初に編集者に相談したときには、首をひねられましたけどね。ドラッカーには他にももっと代表作があるだろうと。
上田 でも、イノベーションをテーマにするなら、ドラッカーの著作ではあれですよ! マネジメントの次のテーマにイノベーションが来るのは、私にしてみたら、とても自然に感じますよ。