原油欲しさにサウジに接近した米国は
「シェール革命」で態度を一変させた

 米国とサウジの友好関係は、40年以上前までさかのぼる。両国は1974年、2つのことで合意した。

1.サウジアラビアは、原油輸出を、ドルで行う。
2.米国は、サウジアラビアをあらゆる敵国から守る

 この件について、米国のベストセラー「コールダー・ウォー」(マリン・カツサ著、草思社)から引用してみよう。

<キッシンジャー(筆者註:当時国務長官)は、サウード王家に末代にわたる保護を約束した。
どのような国に攻撃されても防衛すると説明した。(中略)
サウジアラビア防衛の見返りにアメリカが要求したのがアメリカへの石油輸出であった。
そしてその取引はドル建てでなくてはならなかった。>(242p)

 なぜ、米国は、サウジアラビアにこだわったのか?いうまでもなく当時、サウジが原油埋蔵量も生産量も世界一だったからである。新世紀に入っても、米国は相変わらず資源の宝庫・中東を最重視していた。

 ブッシュ(息子)が2001年1月大統領に就任した時、「米国内の石油は、16年に枯渇する」といわれていた。このことが、ブッシュの「攻撃的外交」の大きな原因だった。

 たとえば03年に始まったイラク戦争。当時、開戦理由は「イラクが大量破壊兵器を保有している」「アルカイダを支援している」というものだった。しかし、どちらの理由も「ウソ」だった。では、真の原因は何だったのか?FRBのグリーンスパン元議長は、自著の中で驚きの告白をしている。

「イラク開戦の動機は石油」=前FRB議長、回顧録で暴露
[ワシントン17日時事]18年間にわたって世界経済のかじ取りを担ったグリーンスパン前米連邦準備制度理事会(FRB)議長(81)が17日刊行の回顧録で、二〇〇三年春の米軍によるイラク開戦の動機は石油利権だったと暴露し、ブッシュ政権を慌てさせている。>(2007年9月17日時事通信)

 さらにフセインが00年11月、原油の決済通貨をドルからユーロに変えたことも、イラク戦争の大きな理由と考えられる(フセイン政権打倒後、米国はイラク原油の決済通貨をユーロからドルに戻した)。

 ところが、オバマが大統領に就任した09年頃から、大きな変化が起こりはじめた。「シェール革命」である。シェール革命は、米国と世界を大きく変えた。米国は09年、長年世界一だったロシアを抜き、天然ガス生産で「世界一」になったのだ。

 「米国内に、ガスも石油もたっぷりある!」

 この事実は、米国の中東に対する態度を一変させた。つまり、米国にとっての「中東の重要度」が「下がった」のだ。実際、11年11月17日にオバマは、オーストラリア議会で「戦略の重点を、中東からアジアにシフトする」と宣言した。