職務給と職能給の優劣は、企業の直面する経済社会環境に依存する。少子高齢化が急速に進む今後の日本社会では、過去の高成長期のような企業による教育投資の収益性は低下する。また情報通信技術の進歩のなかで、熟練の内容が陳腐化するリスクも大きい。大量の新卒採用者を企業内で時間をかけて訓練する雇用慣行は、過剰な教育投資となりやすい。労働者にとっても、著名な大企業が倒産する時代には、40年以上のキャリアを特定の企業に委ねるリスクが高まっている。

 それにもかかわらず、労使が共に、過去の高成長期に成功した雇用慣行に固執する結果、不況期にも正社員の雇用と年功賃金を保障するための調整弁としての非正社員の比率は傾向的に高まっている。こうした現状から眼を背け、現行の雇用慣行を維持したままで、同一労働同一賃金の実現という主張は論理矛盾である。むしろ、正社員と非正社員に共通した職務給を普及させることが、低成長期に相応しい働き方の改革となる。

 経団連の「労働者のキャリアや責任の程度」や、連合の「配置転換や転勤の精神的苦痛」等を加味した同一労働とは、それらの賃金に相当する部分を明示化しない限り、正社員と同じ職種に従事する非正社員との現状の賃金格差を正当化させる論法に用いられやすい。

高齢者の活用にも不可欠

 同一労働同一賃金は、高年齢者の活用にも貢献する。すでに日本の人口が減少するなかで、この年齢層が労働市場にとどまり、税や社会保険料を負担すれば、高齢化社会の財政負担が軽減される。しかし、その政策手段として、企業に定年退職後の高齢者の継続就業を一律に義務付ける高齢者雇用安定法や、定年を延長する企業への補助金等の「高齢者保護政策」には弊害が大きい。

 そもそも一定の年齢に達すると強制的に解雇される定年退職制は、米国や欧州主要国では原則禁止である。これは同一労働・同一賃金の原則下では、個人の仕事能力にかかわらず年齢のみを根拠とする解雇は、人種や性別と同様に「年齢による差別」となるからである。

 他方、日本では、年齢という客観的な基準で後進に道を譲ることは、公平な仕組みと見なされている。これは特定の職種と結びついた仕事能力を基準とする欧米と、特定の企業内の限られた構成員の年齢と結びついた曖昧な能力を尊重する日本との違いである。日本では、年功賃金の傾きが大きな従業員1000人以上の大企業の93%が60歳定年制を堅持している(就労条件総合調査2014年)。他方、そうでない中小企業では、定年制は65歳か、それ自体存在しない場合も少なくない。これは仕事能力に見合った賃金であれば、企業の方から熟練労働者である高年齢者に辞めてもらうインセンティブは小さいためである。