外国人の恐怖心をあおったのは、匂いよりも納豆の代名詞ともいえる「糸引き」。

「なんで糸を引いているのか? 腐っているのでは? 食べても大丈夫なのか? と思われて手を出してもらえませんでした」

 考えてみれば納豆は、おそらく世界でも数少ない「粘っている」食べもの。恐れられて当然である。

 とはいえ、和食ファンの外国人の間では納豆を取り入れる「上級者」もいた。小河原さんは「納豆ファン」というアメリカ人に遭遇した。「どうやって食べているのか」と尋ねてみたところその答えは衝撃的なものだった。

「ボウルに入れて、水で洗ってよくぬめりをとってサラダにのせて食べる」

 粘り、全否定。

 匂いは許せても、ネバネバは絶対的に許せなかったのである。

混ぜても混ぜても糸が引かない
「粘りの少ない納豆」がついに誕生

「これまで『糸を引かせることが使命だ』と思っていた我々にとっては大変ショックでした……」と大橋さん。

「しかし糸引きが少ないなら外国人に受け入れられる可能性があるのでは」

 逆転の発想に及んだ小河原さんは、産官学連携によって県内中小企業の成長分野進出を促進し、県における成長産業の振興を図る「いばらき成長産業振興協議会」のコーディネーターにアメリカ人の食べ方を伝え、相談を依頼した。

「ユネスコ無形文化遺産登録で和食への関心が広まるなか、外国人が苦手な粘りさえ改善されれば海外において健康食として売り込めるのではないか」

 コーディネーターは「納豆の糸引きを抑える」ことを提案。「茨城県工業技術センター」に、ねばりの少ない納豆菌の開発を相談した。

「もともと、納豆メーカーでは菌の発酵不良で『粘らない納豆』ができることもあったんです」

 とは、茨城県商工労働部産業政策課産学連携推進室の寺杣(てらそま)崇さん。

朝一番の豆乃香「レッド」「ホワイト」。レッドは熟成時間を24時間と長くして、さらに風味を高めている
(C)Hiroshi Shiiki, Tad Hara

 もちろん粘らないから「失敗作」。クレーム対象になるので、鳥のエサになったり、廃棄処分されていた。

 そもそも、茨城の納豆におおむね使われてきた菌は、全力で粘りを生み出すために交配を重ねてきた「宮城野菌」。まるで真逆の研究がスタートした。

 遺伝子組み換えといった人工的手段ではなく、突然変異した菌株を培地で植え継ぎ、ついに、ねばり成分のもととなる「ガンマポリグルタミン酸」の生成能力が少ない菌の培養に成功。「IBARAKI LST-1」と命名、特許登録された。

 そして2014年、新たな納豆菌を使った史上初の「糸引きが少ない納豆」が誕生。納豆の栄養価はそのままに、粘り成分は通常の約4分の3、かき混ぜた時の抵抗力は約3分の1にまで減少。匂いは従来と変わらないが、通常の納豆のように部屋全体に匂いが広がるようなことはなく、軽減されているように感じられる。