100%正確な言葉の転換は無理
翻訳は必ず認識の「ずれ」を生む

 日本でも世界の情勢の知見を磨きたいという思いは強く、新聞社が海外のメディアとタイアップする例も増えています。日本にいながら世界のトップジャーナリズムの内容が日本語でわかるのですから、とてもよいことです。

 しかし、「翻訳」がつくり出す「ずれ」には常に敏感であるべきでしょう。翻訳では、内容が100%正確に転換されるわけではなく、言葉が変わることで自国のコンテクストで物事を理解する、ということになりがちなのです。翻訳では100%正確な転換が無理なので、自国の似たような言葉を引用せざるを得ないということもあります。

 それはまた、翻訳をする人が独自の世界を創り出す可能性が大きいということです。文学ならばそれもまた意味のあることかもしれませんが、政治・経済・社会といった社会科学について、自国なり自分の価値観を多く移入した翻訳は、正確な理解を阻む可能性も大きくなります。

 以上、まとめて言えば、完璧な翻訳というものはない、ということです。異なる言語を使う人々の間では、世界の見え方まで違います。認知心理学者によれば、言語によって世界の切り分け方が異なり、言語の違いは人間の認識・思考に影響を与えているといいます。

 わかりやすい例は色の認識です。青と緑を区別しない言語、また2つの色しか識別しない言語があるそうです。またイギリス人にとっての「オレンジ色」、フランス人にとっての「黄色」は範疇が広いので、日本人にとっての「茶色」が彼らには「オレンジ」や「黄色」と認識されているそうです。

「オレンジの車で迎えにいく、と聞いていて待っていたが、いつまで経っても来なかった。茶色の車は見たけど」といった笑い話を聞きました。「左」という言葉をもたない言語、「前、後、左、右」を用いない言語もあるそうですし、中国語で「持つ」という動作は日本語よりも細かく分かれているそうです。

翻訳版は注意して、できれば原語で読もう

 言語によってかくも人間の認識方法が異なるのだとすれば、翻訳を読むときにはよほど注意が必要ということになります。たとえば、日本のようにものをはっきり言わない文化だと、英語の論文や記事を訳した場合に、明瞭さを失ってしまう例を多く見ます。「Bad」が「悪い」ではなく、「よくない」と訳されるだけでイメージが違います。