こうした経営環境の変化の中で、コトラーが一貫して唱えてきたのは、顧客を分析の中心に据えること、視点を製品から顧客に移すことによって、顧客の行動や意思決定のあり方を変えられるということだ。その際に問題になるのが、ターゲットとする顧客に自社の製品をいかに認知させるかである。そこから浮かび上がってきた新しい概念が「ブランド」である。

 ブランドとは、ある製品群や企業を他と差別化するための「記号」「シンボル」のことである。記号やシンボルとは、顧客から知覚されるための「形」を持つとともに、消費者にとって重要な「意味」や「価値」を持つ。この意味や価値のことをブランド・エクイティという。コトラーは、価値は製品そのものではなく、それを認知する消費者の心の中にあることを発見したのだ。「価値がいかに認識されるか」にこだわったコトラーならではの、コペルニクス的転換といえるだろう。

消費者は企業がつくるモノより
仲間の「声」を求める

 顧客の購買行動を変えるためには、顧客が価値を認識する過程を、顧客の内面に入り込んで感じ取り、顧客がどう心を動かされたいのかを理解する必要がある。爽快感や活力、くつろぎや癒し、喜びやワクワク感、かわいさや愛しさ、好奇心や刺激、優越感や全能感など、顧客が求める感情に、自分自身の内面をシンクロさせるのだ。

 それを続けているうちに、何が顧客の心に響くのか、次第に仮説が意識の世界に浮かび上がるようになっていく。そして、顧客の五感にどのように訴えかければ、顧客の心を共鳴させることができるのか、我がことのようにわかるようになっていく。

 こうした過程から発見された知見が、情報革命の時代においては価値を持つ。情報革命によって、モノの価値が下がる一方、同じ価値観やモノの見方をもった仲間が発信するメッセージは、多くの人を惹きつけるようになった。消費者は企業がつくるモノよりも、仲間の声の方を求めているのだ。

 いまやお金やモノがなくても、ユーチューブやフェイスブック、ラインを使って、いくらでも楽しめるようになった。こうした時代をビジネスマンとして生き抜いていく上で、相手の内面を感じ取る力がますます重要になってきている。

 ただし、人を共鳴させることは、相手に迎合することではない。そんなことをしても、それが消費者に驚きをもたらすことはない。「まあ、こんな感じですかね」という言葉が返ってくればいい方だろう。

 相手の共感を引き出すためには、相手が何に心を動かされるのかについて、自分なりのモノの見方、つまり目利き能力が必要になる。スティーブ・ジョブズやジェフ・ベゾスなど、BtoCの世界を勝ち上がってきた天才たちは、みなそこに長けている。

 コトラーの両親はウクライナからの移民だった。グーグルの創業者のうちのセルゲイ・ブリンも、両親がロシアからの移民だ。このシリーズで紹介してきた天才たちの中には、ジョブズやベゾスも含め、移民の子や養子の境遇にあった人物が多い。つまり安易に他人に迎合することを良しとはできない心境の中で生きてきた人たちだ。それが彼らに、周囲に迎合することなく、人が求めるものを異なる角度から見る力を授けたのだと考えられる。