「いろいろな雑誌や新聞の編集者から、或るテーマを与えられる(略)、私は、頼まれたのをチャンスに、そのテーマについてわざと大袈裟な準備をすることにしている。(略)たとえば『最近の日本人のレジャー生活』という題で十枚ばかり軽く書いてください、と編集者が頼んだとする。そういう原稿は、書こうと思えば、その日のうちに書けてしまう。しかし、そうはせずに、私は、事情の許すかぎり、大がかりな勉強を始める」(清水幾太郎『本はどう読むか』)。

 まず清水は労働から解放された時間、つまりレジャーの哲学的な考察を大量の古典から抽出する。次に各国の労働時間の短縮過程の統計をあたり、レジャー活動の諸形態を分類し、それぞれ対応する産業史をあたっていく。こうして大量の文献を調べながら読むのである。これは清水の「読書法」のひとつで、自分を大量の読書へ向かわせる方法なのだ。

 本書を読んだのは大学生のときだったが、なるほどと思った。「大袈裟な準備」をすればするほど読書量は必然的に増える。しかも、テーマが決まっているので斜め読みにも慣れる。うまい方法だと思った。

 事例をひとつ。会社の上司から「マイナス金利で当社の投資計画を増やせるかどうか、来週までに具体策をレポートせよ」と指示されたとする。

 優良企業ならば社債でもCPでも低金利どころかマイナス金利で発行できる。日本銀行が社債も買うので、投資家は金利を払って購入しても日銀がそれ以上の金利で買い取るから、発行企業はおそろしく有利な条件で投資資金を調達できる。金利をもらって借金するという異様な光景だ。当然のことながら、投資計画を拡大できる。

 結論はこういうことだから、少し調べればレポート1枚くらいすぐに書けるだろう。しかし、「大袈裟な準備」を心がければ飛躍的に短時間で読書量は増え、読書勘も向上する。

 図書館で「マイナス金利」を検索すると、おそらく1冊か2冊しか出てこない。そこで「金融緩和」「低金利」「量的緩和」「日本銀行」など、適当なキーワードをぶちこんで洗い出す。中型の図書館でも数十冊が出力されるはずだ。

 ここまできたら「貨幣数量説」を唱えたアーヴィング・フィッシャー、「マネタリズム」の主導者ミルトン・フリードマンなど、20世紀の経済学者の名前が出てくるに違いない。彼らの本も片っ端から閲覧室に持ち込もう。