その一方で、完全に個人の自由に委ねるべきだという「自由放任型」の積立方式もあり得る。政府は(対象者を限定した)基礎年金部分や基礎的医療費(あるいは、難病などのまれに生じる高額医療)など必要最小限の手当を保障すれば十分であり、それ以上のことから手を引くべきという考え方である。しかし、完全な自由放任では、老後の備えを十分に準備できないか、あるいは、備えない人が多く出てくるだろう。この面での制度設計の在り方は、個人に自己責任をどの程度負わせるか、逆に言えば、政府にどの程度の「温情主義」を期待するかという価値判断に左右される。
個人勘定積立方式に求められる3つの条件
「政府管理型」でもなく、完全な「自由放任型」でもなくて、ある程度の強制力や優遇措置を付加する個人勘定積立方式が現実的である。すなわち、次のような仕組みが望ましい。
(1)若い時期の保険料の積み立ては強制して、運用にも多少の規制を設けるが、運用結果については個人の自己責任に任せる。
(2)税制面の優遇措置をつけて、年金積立へのインセンティブを働かせる。
(3)積立金の受け取りは、高齢期(たとえば、60歳から80歳の期間)に限定する。
年金や高齢者医療は数十年先の将来のリスクに備える仕組みであり、いくら政府が基礎年金などによって最低限度の所得を保証したとしても、年金の運用リスクをすべて個人に背負わせることは望ましくない。リスクのある資産で運用して、もし失敗すれば、あとで政府が救済してくれると考えて、最初から過度にリスク資産に偏った運用をするかもしれない。
したがって、たとえば毎年の保険料拠出に下限と上限を設定し、それに対して何らかの税制上の優遇措置を用意し、個人の老後への備えを政策的にある程度支援する。また、株式や外貨建て資産のようにリスクの高い資産運用については、一定の制約を設定する。さらに、個人が選択する運用機関の情報開示の徹底や、運用機関が破綻した場合の消費者保護の強化も必要だろう。確定拠出で運用し、運用結果のリスクは個々人が負う。
なぜなら、確定給付にすると、政治的なバイアスから給付水準が過大になりやすい。これまでの企業年金が成功しなかった大きな要因は、金利が低下していたにもかかわらず確定給付の約束を実現するため、無理にリスクの高い株式運用などの比率を高めた結果である。
また、税制等の面で優遇措置を検討する場合、拠出時の保険料を所得控除の対象にするが、給付時の収益には課税すべきである。そうすることで、年金拠出による貯蓄形成は、税制上は非課税になる。そして、そのメリットはすべての職種・業種に一律にあてはまるのが望ましい。今後、就労形態はますます多様化する。基本的に、人々がどのような選択をしようが、年金制度のメリットは平等にはたらくべきである。
この点から言えば、2001年6月から始まった「日本版 401k」の枠組みは一歩前進ではあるが、世代という視点が抜けているという意味で、不徹底なものに終わっている。公務員、サラリーマン、専業主婦や自営業者間での不公平感を調整することも重要であるが、同一年齢の人には共通の仕組みが望ましい。そして、年齢別に異なる対応が必要である。つまり、若い世代から順次、個人勘定に入っていける包括的な仕組みを検討すべきである。
個人勘定では年金保険料が実質的に貯蓄に相当するため、確定給付型では持続可能なシステムを構築できない。確定拠出で自己責任という原則に大多数の国民が合意できるようにして、若年世代から段階的に移行するべきだろう。
(そのほか、私的年金の拡充や個人勘定積立方式の制度設計などに関する詳細は、『消費増税は、なぜ経済学的に正しいのか 「世代間格差拡大」の財政的研究』をご覧ください)