高学歴者は「目には見えない学力」
を身に着けているのか?

株式会社NYホーム代表取締役・松岡秀夫氏

 はじめに筆者は、この連載で何度か取り上げている「目には見えない学力」について、松岡氏に尋ねた。世間で高学歴者は、競争心や忍耐力、話す力や書く力、聞き取る力など、仕事で必要とされる基礎能力が高い、という認識を持たれている。それは真実だろうか。「目には見えない学力」を必要以上に評価される人もいれば、逆に過少評価される人もいる。このことが、学歴病を浸透させる大きな理由になっていると筆者には思える。以下は松岡氏の考えだ。

「確かに、立派な学歴を身に着けている人は、得てして理解力が高いとは思います。その意味では、『目には見えない学力』は高いように感じます。私は、小中、高校での教育のあり方を考えてみる必要があると思います。学校教育は依然として知識の詰め込み型で、学校・教師からの指示命令型です。そのようななかで、成績のいい生徒が偏差値の高い高校や大学に入り、やがて卒業して就職していく流れがあります。

 そのプロセスでは、自分は何をして生きていくのか、ということを生徒に考えさせる機会があまりないように思います。本来、この職業観は働く人にとって一生のテーマであり、もっと深く考えるべきことです。学校では、先生が子どもに対して自らの人生を自分で考えるように、何度も投げかけたほうがいいと思います。しかし、それはあまりできていないように感じます。

 たとえば、中学から高校に進学するとき、進路相談があります。先生は、生徒の成績や偏差値で、普通科、商業科、工業科などと受験する高校を決めていきます。生徒の意志や考えは、そこにはほとんど反映されません。この一連の教育で、「目には見えない学力」を身に着けた人が育成されるのでしょうが、結果として、おとなしく従順な人材を大量に育成していると言えます。いわば、『イエスマン量産システム』のようなものです。私は子どもがいる父親ですが、学校教育を見ていると『イエスマン量産システム』だと感じます。

 日本の将来を考えると、『本当にこれでいいのかな』と疑問を感じることもあります。アジアの国の若者には勢いがありますが、日本の若い人はやがて活躍の場を奪われていくのではないか、と思います」

「イエスマン量産システム」は、日本企業の人事のあり方と深くリンクしている。たとえば、教師や親に逆らうこと、規則やルールを守らないことを「よくないこと」と教えられる。それらの中には、社会常識を逸脱したものもあるかもしれない。たとえば、極端に厳しい校則である。

 それでも、多くの生徒はとりあえずはそれを守る。もちろん、教育には一定の強制が必要ではある。しかし、ここ30~40年の教育を見ていると、この傾向が強すぎるがゆえに、国や社会の既成の体制・秩序などを無批判に受け入れる若者を大量生産しているように見えて仕方がない。