「お客さんが初日から応援してくれるから、それがまた怖かった。自分に期待してくれる人がたくさんいるんだなと感じたが、その分怖かった」
大相撲名古屋場所を、3場所連続全勝優勝という偉業で制した横綱・白鵬。しかし、優勝の象徴ともいえる天皇賜杯は渡されず、表彰式では涙を流した。
上記の言葉は、その白鵬が初日の気持ちを振り返ったものだ。普段は公開している稽古場をブルーシートで覆い隠し、ファンや報道陣をシャットアウトした白鵬。圧倒的な強さで名古屋場所を制しながら「怖かった」と語った白鵬の言葉は、異例の15日間を象徴していた。
大相撲名古屋場所は、まさに異例づくしだった。暴力団担当の警察官が場内を巡回。初日恒例の協会挨拶は、理事長代行による謝罪から始まった。謹慎となった関取は10人に及び、幕の内の取組は3番も減った。
野球賭博問題に揺れ、存亡の危機に立つ大相撲。失った信頼を取り戻す試金石となるはずだった、名古屋場所とはどんなものだったのか。私たち取材班は、本場所中の相撲部屋の15日間を追った。
反省から生まれた改革への模索。
ある若手親方の取り組み
私たちがまず取材したのは、2人の幕の内力士が謹慎となった境川部屋。前頭4枚目、24歳の豪栄道。そして前頭6枚目、25歳の豊響。共に、初土俵から2年で関取に昇進し、将来を期待される力士だが、その裏で野球賭博に関わっていた。
謹慎中の力士は、稽古場と宿舎から離れることを原則禁じられるため、早朝から2人だけの激しい稽古が続いていた。ライバルの取組はテレビやインターネットでしか見ることができなかった。
「悪いことをしたので、もう1回チャンスをもらえるだけで、ありがたい」
「与えられた時間で稽古をして来場所に向けて頑張りたい」
自らを見つめ直し稽古に励む両力士は、反省の気持ちをカメラの前で語った。しかし、来場所は、十両に落ちる可能性もある2人。野球賭博で、出世は足踏みすることになった。
一方で、今回の問題をきっかけに、部屋の生活を見つめ直そうと動き始めた親方もいた。人気の高見盛が部屋頭の東関部屋だ。元前頭・潮丸(うしおまる)の東関親方は32歳。部屋では野球賭博による謹慎者はいなかったものの、親方は、弟子の1人とともに、かつて花札での賭け事をしたことがあると申告していた。
「少額ではあったものの、賭け事をやってしまったという自分のふがいなさが強く、謝罪して、また新たにスタートを切ろう」
と名古屋場所に臨んでいた。