見落とされた不適切取引の予兆

 200X年9月15日、X社の経理担当者Aは、得意先Y社から1本の問い合わせ電話を受けていた。「8月分の請求金額のうち、T1システム一式の1億円分は、その先の販売先Z社からの入金が未了のため、請求額から除外したうえで、請求書を差し替えてほしい」との内容であった。

 Y社向け売上の請求条件は月単位で売上を集計したうえ、月末締め翌月末の現金精算となっている。したがって8月分の売上は、9月末に現金回収されるのが原則である。電話での要請はこの原則に対する例外処理になる。電話を終えると、状況が理解できない経理担当者Aは、Y社を担当する営業担当者Bに、得意先Y社から問い合わせがあった旨を伝え、状況調査を依頼した。

 翌日、営業担当者Bの上司であるC営業課長から、Y社から先の取引処理が遅れているようなので、T1システム一式の売上分の1億円は、調整が済むまでY社への通常の請求対象から外すようにしてほしい、との依頼がAになされた。経理担当者Aは、放置するとY社が売掛金未回収先と評価されてしまうため、T1システム売上分の1億円を「売上済み請求指図待ち」と備考欄に記載し、請求額に含めないように特例処理を行った。

監査のすり抜け

 2ヵ月を経過しても、T1システム一式の売上1億円は、未だ未回収の状態であった。経理担当者Aが、当該案件を請求できるようにY社と調整するように営業担当者Bに依頼したところ、しばらくして、「仕様変更」を理由に、従来のT1システムの売上の1億円を取り消し、新たにT1aシステムの売上として1.2億円の売上伝票が起票されてきた。

 経理側がチェックしたところ、T1aシステムに関する注文書検収書などの売上計上に必要とされる証憑(請求書など取引の存在を証明する書類)一式は問題なく揃っていた。しかし、C営業課長より、支払い時期に関して現在調整中とのコメントがあったため、前回同様に「売上済み請求指図待ち」と備考欄に記載し、通常の請求額には含めない特例処理を行った。