事実、冴子は学歴は高いものの、その「+α」がないがために、新卒時の就職活動で、つまりは社外の労働市場で「一流の人材」として認められなかった可能性もある。転職時の試験でも、そのように言えるかもしれない。時代の変化の中で学歴の意味を捉えることができないと、一定の学歴を身につけたとしても浮かばれないことはあり得る。

学歴の価値は時代の流れと
ともに変わりゆくもの

 最近の傾向で言えば、2020年以降の厳しい時代を見据え、一部の大企業などでは「超総合職」が誕生しつつある。「超総合職」とは、東大・京大などを卒業した人たちである。このあたりは連載第4回で紹介した。

 総額人件費を一段と厳密に管理するために、新卒の社員をいくつかのグループに分けて育成する。トップエリートのグループは、東大・京大などを卒業した人に限定したものである。20代後半から30代前半で役職に就くことができ、30代半ばで関連会社の役員などになる。そしていずれは、親会社である大企業で役員や社長になる。

 今回の3人のエピソードを振り返ると、富美の若い頃、旧帝国大学卒の新人が早々と課長になるというくだりがある。これに近いことが、わずかではあるが戦後70年以上が経った足もとでも始まっている。このトレンドは今後多くの企業に広がると、筆者は見ている。その意味で、「東京帝国大学」「京都帝国大学」の復活と言えるかもしれない。

 裏を返すと、「トップエリート」とは言えない多くの会社員は、30代後半から40代になっても役職が上がらず、年収も500~600万円前後で頭打ちになる可能性もある。こうした時代の移ろいのなかで「一流大卒」をアピールしたところで、それが認められるか否かは、社外・社内の労働市場の判断となる。ビジネスパーソンにとって厳しい状況になることは間違いないが、「自他ともに認めるエリート」ならば恵まれた時代と言えるし、「普通のエリート」なら苦労することになるだろう。

 真のトップエリートこそが認められる――。厳しい言い方かもしれないが、それがこの連載で筆者が問題提起してきた「学歴病」を克服する手立ての1つとも言える。

 生前、富美は筆者にこう語っていた。「大多数の人は、平凡な人生で終わっていくの。学歴って、そんなものしか得ることができないのね」。

 そのとき、筆者はこんな言葉を返した記憶がある。

「一定の学歴がないと、平凡な生き方もできない。親は子どもに平凡な生き方ができる力を身につけさせることができたならば、もう十分な使命を果たしたと言えると思う」

 冴子は富美から「その力」を授かりながら、そのことに気がつかない人生を送ってきたのではないだろうか。