これに対して幸之助さんは、確かに東京で販路をつくることを急ぐならば、23銭で売った方がいいという問屋のご主人の言うことももっともだと理解する。原価は20銭なので、23銭でも十分な利益は出る。しかし一方で、自分も含め社員たちが一所懸命働いてつくったものだから、簡単に値下げしてしまっていいのかとも考える。さて、ここでエクササイズに取り組んでもらおう。

【エクササイズ】
Q:この後幸之助さんは、23銭と25銭のいずれを選んだのか考えてみてください。また、そう決断した理由について考えてみましょう。

 幸之助さんはこのとき、一度は23銭で応じようと考えたものの、自分の中にそうさせない何かが働いて、結局25銭を押し通した。その結果、25銭で買ってくれる問屋もあれば、買ってくれない問屋もあったという。

 ところがその後、東京の問屋さんたちの集まりで、幸之助さんのことが噂になったという。「大阪の松下というところはいい品物をつくる」「確かにそうだ。でも松下はなかなか値を負けない」「そうだ。でも誰に対しても一定の値を通しているようだ。だから買う方としては安心して買える」「他ではもっと安く卸しているのではないかと思うと、安心して買えなくなる」

 最初に高い値を示しながら、相手の顔色を見て値引きしていくようなことをすれば、百戦錬磨の問屋さんたちから信用されることはなかっただろう。25銭を通すことによって、結局信用を勝ち取ることになったのである。もちろん、幸之助さん自身、こうなると知って25銭を選んだわけではない。言葉では説明できないが、「自分の中にそうさせない何かが働いて」25銭を選んだのだ。

 つまり、幸之助さん自身意識はできないものの、無意識の世界に何かが引っかかり、自分でもよく分からないうちに25銭を選択したのだ。それが、その後信用を勝ち取ることにつながる。この「人を活かす経営」を読んでいると、これに似たような場面が何度か現れる。

 銀行から「担保を入れればすぐに金を貸す」と言われているにもかかわらず、なぜか幸之助さんは無担保で借りることにこだわる。そのために、帳簿をすべて開示し、銀行に松下電器の経営をすべて理解してもらう。それがその後、不況期が訪れたときに、貸し剥がしに遭わずに済むこととなった。

 ここで、幸之助さんが他の人と違うのは、二つの選択肢のうち、必ず難しい方を選んでいるということだ。23銭に値引きするよりは、25銭を通す方がはるかに難しい。担保を入れてお金を借りるよりも、無担保で借りようとする方が困難を伴う。それにもかかわらず、一貫して難しい方の選択肢を選んできている。そして、それが後に、幸之助さん自身も気づいていなかった効果をもたらすことにつながっていった。