「書き込みをするために書物の毎葉の間に紙を挿入するのも一法である。新渡戸先生は研究用にあてられたカーライルの衣服哲学をかくの如く製本し直された。その写真が研究社発行の『新渡戸先生講演 衣服哲学』の中に出ているが大いに参考になる」(田中菊雄、前掲書)。

 どういう意味かというと、カーライルの原書『衣服哲学』をバラし、書き込んだ紙を挟んで製本し直していたのである。図書館で『新渡戸先生講演 衣服哲学』を閲覧した。製本し直した原書の一部を写真にして掲載してある。ちなみに、『新渡戸先生講演 衣服哲学』(研究社書店、1938年)は、カーライルの主著『衣服哲学』について新渡戸が1918(大正7)年に軽井沢で講演した記録である。『衣服哲学』はカーライル自身の思想史を自伝風に叙述したものだ。

シュンペーターは
紙片にメモして本に差し込んだ

 最後にもう一人、ヨゼフ・シュンペーター(経済学者1883-1950)の読書術を紹介しておこう。

 シュンペーターは本のページを読みながら折っていく。さらに、紙の小片にメモを書き、該当するページに挟み込んでいった。新渡戸稲造の場合は小片ではなく、本のページより大きい紙を使っていた。

 紙の小片を常用する点では、梅棹忠夫の「こざね法」と同じである。

「紙きれを用意する。(略)わたしは、規格外の紙は全部B8判(六・四センチ×九・一センチ)のサイズに裁断してしまう、ということをのべた。その紙きれを、いまつかうのである。/その紙きれに、いまの主題に関係のあることがらを、単語、句、またはみじかい文章で、一枚に一項目ずつ、かいてゆくのである。おもいつくままに、順序かまわず、どんどんかいてゆく。すでにたくわえられているカードも、きりぬき資料も、本からの知識も、つかえそうなものはすべて一ど、この紙きれにかいてみる。ひととおり、でつくしたとおもったら、その紙きれを、机の上、またはタタミの上にならべてみる。これで、その主題についてあなたの頭のなかにある素材のすべてが、さらけだされたことになる」(梅棹忠夫『知的生産の技術』)。

 この「紙きれ」を「こざね」という。発想法の原点として有名な手法だが、デジタル時代になっても有用性は変わらない。手で書く方が、絶対に覚えるからだ。

 シュンペーターの紙片はオレンジ色で、やはり常に携帯していたという。本にインサートする以外にもメモとして使っていた。ハーバード大学で師事した都留重人(経済学者1912-2006)はこう書いている。

都留重人『近代経済学の群像』(岩波現代文庫、2006年)

「葉書大のみかん色の紙をつねにポケットにしのばせていて、自分が講義をしているさい中でも、何か想念が浮かべば、ただちにくだんの紙をとりだし、語るのを中断することなく、独特のオーストリア式速記でノートする。(略)帰宅後、丹念にそれを整理し、将来に参考とする部分を再び書きぬいて分類していたという」(都留重人『近代経済学の群像』日本経済新聞社、1964、岩波現代文庫、2006)。

 シュンペーターの没後、エリザベス・ブーディ・シュンペーター夫人も1953年に急死しているが、夫人の遺言で、1955年にシュンペーターの蔵書が一橋大学へ寄贈されている。この経緯は一橋大学附属図書館「シュムペーター文庫」のホームページに記されている。

 それによると、1500以上の論文抜き刷り、170以上の雑誌、そして約3500冊の手沢本(しゅたくぼん)があるそうだ。手沢本とは、座右に置いて何度も読み、書き込んでいる本のことである。

 このシュンペーターの蔵書から例のオレンジ色の紙片が1504枚発見された。一橋大学附属図書館は紙片を抜き出して整理し、シュンペーターの速記を解読して公開している。なお、速記は「オーストリア式」ではなく、ドイツの速記法だったそうだ。

 シュンペーターは本に直接書き込んでいない。ページの端を折り、速記術でメモした紙片をインサートしていった。たしかに、本に直接書き込むよりも再読の時に探しやすいだろう。シュンペーターは私の知る限り、もっとも几帳面な人である。
(了)