まず、基本的な考えとして、民間保険との違いを示したうえで、「個人の疾病リスクといった属性ではなく、予防・健康づくりの推進に向けた個人の主体的な取組を評価するような仕組みとして検討する必要がある」「特定の個人に対して直接的な不利益を課すこと(ディスインセンティブ)は避けることが必要」としている。

 さらに、個人にインセンティブを提供するときは、「指標の設定によっては、医療機関への受診が抑制されかえって重症化を招くおそれも考えられる」「公的医療保険制度の趣旨と関係(疾病リスクに応じた保険料の設定はできない)を踏まえると、インセンティブ提供の方法として個人の保険料(率・額)を変更することは困難である」と、留意点を挙げている。

 インセンティブを推し進めたい人々から不満の声も聞かれるが、社会保険の原則を壊さずに健康保険を運用していくために必要なことを示しており、真っ当な指摘だと筆者は考える。

 健康保険は、税金と社会保険料で運営されている。無駄遣いは許されないし、効率化を進め、できるかぎりの歳出削減を目指すのは当然だ。だからといって、インセンティブを得ることが目的化し、現金を得たいがために、具合が悪いのに治療を我慢するような状況を作りだしてしまったら本末転倒だ。

 一般に、食生活に気をつけたり、適度な運動をしたりして、病気予防や健康作りをすれば、病気になる人が減って、医療費は削減できると考えがちだ。

 だが、現状では予防や健康増進によって、医療費が削減できるという実証データは得られておらず、それどころか、厳密な比較研究では、病気予防はむしろ医療費は増加させるという研究結果もある。

 ひとつ例をあげると、京都大学の今中雄一教授らが行った「喫煙者と非喫煙者の生涯医療費」という研究だ。ここでは、年間医療費の平均はタバコを吸う人のほうが高額だが、生涯医療費ではタバコを吸わない人のほうが高くなるという結果が報告されている。

 禁煙したり、無理のない運動をしたりして個人が予防や健康づくりに努め、その結果、健康寿命が伸びて、その人らしく生き生きと暮らせるのは喜ばしいことだ。そうした動機付けをするために、健康保険のインセンティブを利用するのは問題ない。

 だが、インセンティブを導入しても、医療費を削減できるかどうかはわからない。とくに、現金給付をすることで、実質的な疾病リスク型の保険料体系を作り出すことは、これまでに日本が誇ってきた国民皆保険の理念に反するだけではなく、地域住民や組合員の間に不公平感をにじませることにもなりかねない。

 健康保険組合の担当者は、インセンティブ制度がもたらすマイナスの面にも目を向けて、慎重な運用を心がける必要があるだろう。