「制約」は足かせではなく、アイデアのロケット台である
そこで、僕は制約条件を明確にすることにしました。
「現在の人工知能やロボット技術の限界はどこか?」「市場に受け入れられるために必要なことは何か?」「投入可能なコスト、開発費は?」「市場投入のタイムリミットまでに何ができるか?」……。その結果、現段階で「できること」がいかに少ないかがわかってきます。
そもそも、これまで世の中には、自律稼働(そばに操作や監視をする人がおらず、自らの判断で稼働すること)する大きなロボットが一般の生活に入ってきたことすらありませんでした。等身大で大きなモーターを積むロボットが人に危害を加えないように設計するのは、技術的に非常に難しいからです。にもかかわらず、一足飛びに、家事をするような「役立つロボット」をめざすのは現実的ではない。まずは、安全に自律稼働できるロボットをめざすべきだと考えました。
また、現在の人工知能の技術では、ロボットに「意識」をもたせることができませんから、人間同士のコミュニケーションと同じことをするのも難しい。ここにも、強い制約があるわけです。
しかし、その制約のなかで、「人と心を通わせるロボット」をつくらなければならない。では、「心を通わせる」とはどういうことか?僕はこんなことを考えました。この世の中には、「車や自転車に名前をつける人」や「ぬいぐるみに話しかける人」がいる。彼らは、車やぬいぐるみが、こちらの言葉や思いを理解しているとは思っていない。だけど、まるで相手が人間であるかのように接するわけです。そのとき、彼らの心のなかでは、車やぬいぐるみと心が通い合っているように感じているはず。
では、どんなときに、人間はモノに対してそんな思いを抱くのか?それは、「思い入れ」をもったときではないでしょうか。僕自身、車や自転車に深い思い入れをもってきた人間ですから、その感覚がよくわかります。あるクルマを心から好きになったとき、僕の心のなかでは、そのクルマは単なる部品の集合体を超えた存在になる。そして、クルマと心が通っているように感じるのです。
であれば、Pepperのことを好きになってもらうしかない。
「かわいい」「面白い」と思ってもらえたときに、人はPepperに愛着をもち、その経験が積み重なると心が通ったように感じてもらえるはずだ、と。
しかも、これまで高度な制御機能を披露するための、技術のショーケース的な等身大の人型ロボットはありましたが、このような文化的側面に注目したものはありませんでした。だから、「これは前例のないアイデアだ。きっとチャンスがある!」と確信。こうして、Pepperのコンセプトが少しずつ明確になっていったのです。
そして、このアイデアは、現在のロボット技術や人工知能に、強い制約条件があったからこそ生まれたものとも言えるのです。
だから、僕は制約こそが創造性の源泉だと考えています。
制約条件を明確にすることによって、はじめて質の高いクリエイティビティが発揮されるのです。アイデアのとっかかりが見つからずに途方に暮れたら、制約条件を徹底的に洗い出す。そして、「できること」を明確にする。そのときはじめて、限られた条件のなかで知恵を絞ろうと脳が動き出し、突破口が見つかるのです。
制約条件は”足かせ”ではなく、アイデアを飛翔させるロケット台なのです。