ホンハイと産業革新機構が一騎打ちを演じたシャープの買収劇。なぜ当て馬だったホンハイが競り勝ち、契約延期で出資額を大幅に値切れたのか。交渉の舞台裏を暴く。

 今年1月26日。ホンハイの会長、郭台銘は皇居に近い東京都内のホテルの一室で、経済産業省の幹部2人と向き合っていた。

 2人とは、次期事務次官ポストとされる経済産業政策局長の柳瀬唯夫と、電機業界を所管する商務情報政策局長の安藤久佳だ。

 柳瀬は、麻生太郎政権で首相秘書官を務めており、台湾との太いパイプを持つ麻生を通じて、以前から郭と親交があった。

 この日は本来、郭の来日に合わせた懇談の場だったが、折しもシャープへの出資をめぐって、経産省が所管する産業革新機構とホンハイが一騎打ちを演じているさなかということもあり、趣はいつもと異なっていた。

 世間話もそこそこに、柳瀬は郭にある提案を持ち掛ける。

 ホンハイ関係者によると、その提案は(1)シャープへの買収提案を取り下げること(2)2012年にシャープと合意しながら実現しなかった、9.9%の出資をあらためて検討すること(3)有機ELパネルの量産技術に向けて日台で連携すること──の3点。

 液晶産業の競争力強化に向けて、革新機構を通じた、シャープと日の丸液晶のジャパンディスプレイの統合を、何としても実現させたいとの思いから出た提案だった。

 ただ、提案の直後、郭の表情は一変した。「日本は交渉の場に、企業よりも国がしゃしゃり出てきて、俺の邪魔をするのか」「対日投資の促進とうたっているくせに、一体何をしたいんだ」と、怒気を含んだ声でまくし立てた。

 会談は2時間近くに及んだものの、話し合いは平行線のまま、物別れに終わった。

 昨春まで、シャープの液晶事業買収に1000億円とそろばんをはじいていた郭は、このときすでに、銀行にみこしを担がれるかたちで、シャープ本体への出資を含めた支援総額を、6600億円まで引き上げることを決めていた。

 この会談以後、郭のシャープ買収への熱意に一段と火が付く。翌27日には大手町のみずほ銀行本店を訪ね、幹部らに計2000億円の優先株を簿価で買い取ることを提案。そして1月30日のシャープ経営陣へのプレゼンで、その優位は決定的なものとなった。