加藤 たとえば、「あのレストランは、ビフテキが安い」と評判になったとします。これは、よくわかりますね。値段が高いか、安いかは判断しやすいでしょう。「あのレストランの照明は明るい」。これもわかりやすい。ところが、「あのレストランは雰囲気がいい」と言われると、なかなかわかりません。雰囲気は手に触れませんからね。五感以外の感覚で判断するしかありません。

 要するに、数値化することができないのです。それでも、「あの雰囲気はなんとなくいい」という感覚はあります。人に好かれるというのは、そのようなことでしょう。

 お金のある人とお金のない人の差も、はっきりとわかります。預金通帳や資産などを見れば、判断できますね。だけど、「笑顔のすてきな、優しい人」となると、これはもうわかりません。しかし、実際には「笑顔のすてきな、優しい人」はいます。

 こういう、目には見えない、「なんとなく」という感じ方は確かにあります。注意をしていないと、わからないものです。

「学歴が低いから」という言い訳は
説得力があっても解決にならない

筆者 会社の職場でも、ありそうな話ですね。

加藤 たとえば、ある社員が「1週間、休暇を取らせてください」と言ったとします。上司は、許可をすんなりと出しました。でも、他の社員が「1週間、休暇を取らせてください」と言ったら、「この期間は困る」と言われることはありますね。

 そのとき、目に見えるもので説明するのがわかりやすいはずです。その社員の年齢や性別、人事評価などに原因を求めると、説得力があるでしょう。しかし、目に見えないものが正しい場合が多々あるのです。この場合で言えば、休暇を申請した2人の社員と上司とのこれまでの人間関係などが、その1つです。人間関係が良好であるから、休暇を申請し、認められる人もいるし、人間関係がよくないために、同じことを上司に言って認められない人がいるわけです。

 人間関係をつくる力やコミュニケーション能力などは、目には見えません。ほとんどのものが見えないとき、はっきりと見える学歴は非常に意味を持ち始めるのです。

筆者 「自分は学歴が低いから、上司から認められず、休みもとることができない」と受け止める人がいるかもしれませんね。

加藤 自分に欠けているものには、見えるものと見えないものがあるわけです。たとえば、「自分には、コミュニ―ション力が欠けている」と言ったところで、ほとんどの人には見えませんね。ところが、「私は東大卒ではない」という、誰にも見える学歴を持ち出せば、多くの人が納得してくれることがあります。ある意味では説得力があるのですが、その人の問題にとっては何の解決にもならないのです。