現在の神奈川県にある大山は、古くからさまざまな産業を守る神の山として崇められ、信仰の対象になってきた。特に江戸時代には、大山に登ってお詣りする大山講が各地でもうけられ、大山登山が盛んに行われたそうである。信仰登山者をあてにした宿場町も発達した。いまでもこのあたりを訪れると、盛んだったころの面影がうかがえる。
この大山講を題材にした、「大山詣り」という、以下のような筋の落語がある。
江戸のとある町で、毎年大山詣りをするのを恒例としていた。この町に住む熊さんは、お詣りに行くたびに酔っぱらって乱暴をするものだから仲間に疎まれ、ついに参加を遠慮するように大山講のまとめ役から言いわたされた。熊さんがどうしても行きたいと粘るので、道中で乱暴したりケンカをしたりしたら丸坊主にするという決めごとをして、まとめ役は周囲を納得させ熊さんを連れて出かけた。
ところが、お詣りを済ませ明日は江戸にはいるという神奈川の宿で、つまらないことから熊さんはケンカをし、そのあと酔って大暴れしてしまった。熊さんに乱暴された男は、酔いつぶれた熊さんの頭に剃刀をあてて丸坊主にし、一行は翌朝まだ寝ている熊さんを残して江戸に向けて旅立ったのである。
目覚めた熊さんは、自慢の髷を剃り落とされたことを知ると、手拭いで頭を隠し、籠をとばして一行より先に町に帰りついた。そして、大山詣りに出かけた夫の帰りを待つ女房たちを呼び集めると、山からの帰りに船遊びをしたが、嵐に遭って船が沈没して皆おぼれ死んでしまい、助かったのは自分だけだと宣告した。しかし普段から乱暴者でほら吹きの熊さんだから、女たちはまったく信じない。そこで、自分一人だけ助かったのでは申し訳なく、皆の供養のためにこのとおり頭を丸めてきたと、熊さんはそれまで頭にかぶっていた手拭いを取り去った。見栄っ張りの熊さんが髷を落としたくらいだからと、女たちはすっかり信じ込んでしまう。夫の供養のために髪を落としましょうと、熊さんは女房たちの髪を残らず剃ってしまうのである。
髪を剃り落とした女房たちが供養の念仏を唱え始めたころ、大山登山の一行は町に帰りつく。女房たちがだまされて髪を剃られてしまっているもので男たちの腹は煮えくりかえり、熊さんを囲んで一触即発の状態になるが、まあみんなお毛が(怪我)なくてめでたいとまとめ役がなだめて、噺が落ちる。
コミットメントの強化策
熊さんが丸坊主にされたいきさつを分析してみよう。道中で絶対に乱暴しないと確約(コミット)できれば、大山講への参加が許される。すなわち熊さんは、乱暴せずおとなしくしていると確約することで、大山詣りの一行に参加できるという好ましい状態を作り出す、コミットメント戦略を採用したかったと解釈できる。
しかし、この戦略が期待どおりの効果を発揮するためには、乱暴をしないという約束が周囲の人に信頼されなければならない。約束を信頼されるものにするための常套手段は、約束を守ることが約束をした本人の得になる、言い換えれば約束を破ることが損になることを周知させることである。約束を守れば得、破れば損になるのであれば、おのずから本人には約束を守るインセンティブが発生するから、約束が信頼に足るものとなる。コミットメント戦略が功を奏するためには、このような仕組みを用意できるかどうかが鍵となるのである。