筆者 これほどに大卒社員が増えて、すべてを「大卒」として扱うから無理が生じるのです。1つの解決策として、大卒でも処理能力が極端に低い社員は「高卒」と同じ待遇で扱えばいいのだと思います。仕事の結果を出した人のみを「大卒」として認めるのが、好ましい。逆に高卒でも、業績を残した人は「大卒」と同じ待遇で扱うべき、と思います。

高卒と大卒の会社員を比べても
今や仕事をする力にそれほど差はない

磯村 私は、高卒と大卒の会社員を比べると、業界や職種などに違いはありますが、双方の間に仕事をする力の差はあまりない場合もあるように思います。今の時代の大卒は、かつての高卒と同じような価値とも言えますから、会社もそのあたりは考え直すべきことかもしれませんね。

 文部科学省の「学校基本調査」によると、1955年では高等学校等への進学率が51.5%、大学への進学率は7.9%でした。2015年では高等学校等への進学率が98.5%、大学への進学率が51.5%です。高卒、大卒の意味合いは、時代に応じて変化しています。

 日本は、会社に限らず様々な組織が各々の能力差に対応した形でデザインされていないのです。アメリカはその差をきちんと認め、それを明確にするためのシステムを構築しようとしています。

 たとえば、研究者が書く論文もその1つと言えます。論文が掲載されるジャーナルがランキングされているから、研究者はどのランクに位置するか、どれだけ業績を上げているか、研究の質・量ともに評価を受けることになります。しかし、日本では特に文系では、そのようなランキングの仕組みはなかなか浸透していないのです。

筆者 厳格な査定でランクづけなどをしないと、自分のことを高く評価しすぎる人が増えてくるように思います。日本の会社員の大半がこのタイプにすら、私には見えます。

磯村 私は、学生たちを前にこう言います。「自己評価は甘くなる傾向にあるので、他人がつける評価よりも、2割ほどは高くなっていると思ったほうがいい」と。

 実際、多くの人が割り増した自己評価をしていると思います。私は、学生に厳しいことを指摘することがあります。力をつけてほしいと願って言うのですが、フィードバックを受けることに慣れていないこともあり、態度が変わってしまう人もいます。

筆者 自分を高く評価しているから、否定されると逆恨みする人がいますね。あれでは、伸びない。