『日本的経営の編成原理』(岩田龍子著/文真堂)という貴重な文献に、それがわかりやすくまとめられている。著者の岩田龍子氏は、この本を著した1977年当時、武蔵大学教授だった。40年近く前に書かれたものだが、筆者は20~30回は読み込んできた。企業社会での学歴を考える上で“バイブル”だと思う。

 下記は、この本に書かれてある、日本社会に浸透する能力観である。あくまで、岩田氏が捉える能力観であることを断っておきたい。

日本社会の能力観に含まれる
米国にはない2つのニュアンス

 岩田氏は、学歴云々を論じる前に、日本社会の能力観には2つのニュアンスが含まれていると言及する。

「(1)能力は、ある漠然とした、一般的な性格のものとして受け止められることが多いこと、(2)能力は、訓練や経験によってさらに開発されるべき、ある潜在的な力であり、したがって、ただちに実用に役立つ力、つまり“実力”とは考えられていないこと」(150~151ページから抜粋)である。

 その上で、こう続ける。

「わが国では、特定の領域での成功は、彼のもつ底知れぬ潜在的能力のひとつのあらわれであるとみなされる傾向が強い。それは、氷山の一角であり、表面には現れていない彼のすぐれた“能力”の一端を示すものである」(152ページから抜粋)

「しかも、このような潜在的な能力が、はなはだとらえどころのない、判定しにくい力であるために、しばしば他人に対してと同様、あるいはそれ以上に、自分自身に対して、みずからの“能力”を証明することが、競争において重要な意味を持つ」(153ページから抜粋)

「以上のことから、ただ1度の敗北であっても、それが劣った“能力”の証明とみなされるときには、競争者にとってしばしば決定的に意味をもってくる」(153ページから抜粋)

「ひとたび、何らかの方法で、この“能力”が証明されたとみなされると、その人間は、競争相手に対して、きわめて有利な立場に立つ。“潜在的な能力”は証明されたのである。彼は、もはやそのことを繰り返し証明する必要はない。必要なことはただ、“能力”に磨きをかけることである」(154ページから抜粋)